第51話 レーベンヴァルト家の闇(ロキ視点)

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 ────私は、夢を見ていました。


 10年前、私は、バーン様から、神器の扱い方を、毎日毎日、朝から晩まで指導して頂き、ようやく初めて純霊結界を展開出来た時の夢です。


「や、やりました!バーン様!」


『ウム!この短期間で、完璧に仕上がるとはな!さすがは、我が見込んだ漢であるな!ガハハハハハッ!!』


 そう笑いながら、頭の炎を、天にも昇るような勢いで、豪快に燃やしています。


 本当に、バーン様は、昔も今も、変わりません。再会した時は、本当に嬉しかったものです。


 ……当時の私は、熱い炎の頭を、少々鬱陶しく感じていましたが。


 当時の私は、軽くため息を吐いた後、切っ先を天へと向け、決意表明をしました。


「私は、この剣で、人々の盾となります!」


『……盾、か。ふーむ……。』


 しかし、バーン様は、珍しく真剣な表情で、何故か考え込んでしまいました。


「……何か、変でしたか?」


『……いや。確かに、光の神器は、盾のようなもの。だが、それは剣なのだ。』


「確かに、見た目は剣ですし、勿論斬れますが……。」


いか、ロキよ。時には、盾を捨てた方が、良い時もあるのだ。』


「……何を仰っているのですか?盾がなければ、人を護れないではありませんか。」


『いつか、お前が心の底から誰かを護りたいと願えば、その神器は、必ずやお前の中の光に応えてくれるであろう。……まあ、我と同じ志を持つお前なら、いずれ分かるだろう!ガハハハハッ!!』


 バーン様は、そう仰って下さいましたが、未だに、この言葉の真意は、分からずじまいです。


 夢の景色がぼやけて、やがて何も見えなくなりました。


 


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



「────さん!」


 誰かの声がして、目を開けると、まだぼんやりとした視界の中に、いくつかの人影が見えました。


 誰でしょうか……?


「────ロキさん!!」


 それが凛花さんの声だと認識した途端、一気に焦点が定まり、視界が開けてきました。


 目の前の人影は、安堵した表情の、凛花さん、ノアさん、ルナさん、そして、司書の方でした。


「私は────っ!!」


「ま、まだ起き上がらない方が良いですよ!傷口が深すぎて、まだ治しきれていないので!」


 右の腹部に強烈な痛みを感じ、堪えていると、凛花さんが、瞬時に回復魔法をかけてくれました。


 痛みが和らいでくる度に、意識を失う前の事を思い出してきました。


 蓮桜という男に、ライラさんと、アリーシャさんを奪われてしまいました……。


 ──ペルーラの上で、アリーシャさんをお護りすると誓ったのに。


 ──お祖父様と和解するまで、お供しますと、ライラさんにお約束したのに。


「……私は、結局、護れなかったのですね。この神器を持つものとして、お恥ずかしい事です。」


「ロキさん……。」


 凛花さんが、どう声を掛けて良いか分からず、困っていると、ノアさんが私の肩に手を置きました。


「……今からでも、遅くない。今度こそ、あの蓮桜ってやつを、ぶっ飛ばして、二人を助け出そうぜ!」


 ノアさんは、そう言うと、歯を見せて笑いました。蓮桜に打ちのめされたというのに、ノアさんは、まだ諦めていない様です。


 ────時には、盾を捨てた方が良い時もあるのだ。


 その時ふと、バーン様が仰っていた、あの言葉を思い出しました。


 あの言葉の意味を理解すれば、光の神器を、より使いこなせるのでしょうか。


 そうすれば、勝機は見えてくるかもしれません。……賭けてみましょう。


 私は、そう決心すると、ノアさんの赤々と燃え上がる瞳を、真っ直ぐと見据えながら、強く頷きました。


 そして、差し出されたノアさんの手をとると、起き上がりました。


「あ、あの……。」


 すると、司書の方が、恐る恐る声を掛けてきました。


「先程は、助けて頂いて、ありがとうございました!白魔にも、良い方がいらっしゃるという事は、必ず真実の鏡に記録します!」


 そう仰ると、頭を下げたので、ノアさんは大慌てで、首を何度も横に振りました。


「い、いやいやいや!人を助けるのは当たり前の事だ!だから、別に良いって!……それに、鏡をほとんど壊しちまったし……。」


 確かに、ノアさんの仰る通り、先の戦いで、ほぼ全ての鏡を粉々にしてしまいました。


 しかし、司書の方は、全然気にしていない様子で、微笑んでいました。


「また作り直せば良いのです。知識は、全て私の頭の中に記録されていますから。」


 そういえば、導の胡蝶は、触れた情報を一生忘れる事がないと、聞いた事があります。


「……それよりも、これから、あなた方は、レーベンヴァルト家に向かわれるのですか?」


 真剣な表情で、そう尋ねた司書の方に、私は頷きました。


「はい、そうです。奪われた者を、取り戻すために。」


「奪われた者とは、様と、ライラック様の事ですよね?……やはり、レーベンヴァルト家の噂は、本当の事なんですか?」


 ……アリシア様?


 私達は、互いに驚いた顔を見合わせると、もしやと思い、失礼ながらも、逆に尋ねてみる事にしました。


「……もう一人、連れて行かれた子が、レーベンヴァルト家の後継ぎ候補の、アリシア様だと?」


「え、ええ。だって、あの子は、本家の証である、雷の神器を持っていたではありませんか。……まさか、ご存知ではなかったのですか?」


 私達は、ポカンと口を開けてしまいました。


 まさか、あのアリーシャさんが、名門貴族の御令嬢だったとは。しかも、ライラさんとは、従姉妹ということになります。


「……その様子だと、何も知らないのですね。」


「……は、はい。全然……。」


 凛花さんが、目を見開いたまま、首を振ると、司書の方は、呆れた様に、ため息を吐かれながらも、説明して下さいました。


「レーベンヴァルト家は、代々本家の者が、雷の神器を持ち、そして分家の者は、“福音の神器”を持っています。」


「福音の神器?ライラからは、マナの気配を全く感じなかったけど……。」


「福音の神器は、残念ながら、私の持つ記録にも載っていないので、詳細は分かりかねます。」


 司書の方でも分からないとは。あまり公に晒されていない神器なのでしょう。


「……10年程前に、本家の先代当主、リリシア様が、雷の神器を持って、娘と共に逃亡したと言われています。真意は分かりかねますが、レーベンヴァルト家の黒い噂と、関係があると思います。」


「……黒い噂、ですか?」


「はい。現在、レーベンヴァルト家の当主は、お二人の祖父にあたる、カルド様が務めています。気さくで優しい方だったのですが、10年前に、突然性格が変わってしまいました。」


 司書さんは、カルドさんと顔見知りなのでしょう。悲しそうに瞳を揺らしながら、俯きました。


「……そして、雷と福音の神器を、何か恐ろしい事に使おうとしているらしいのです。あの方は、本当に変わってしまいました。これから、何をしてしまうのか……。」


 司書さんは、そこまで説明を終えると、嗚咽を漏らしながら、泣き崩れてしまいました。


 凛花さんが隣にしゃがみ、司書の方の背中を優しくさすりながら、不安そうな瞳で、私たちを見上げました。


 これから、お祖父様が、恐ろしい事をしようとしていらっしゃる。


 神器が関わっている以上、それは間違いありません。そうなると、アリーシャさんと、ライラさんが余計に心配です。


 私達は、互いに頷き合うと、司書の方に向き合いました。


「必ずや、お祖父様を改心させます。」


 ……今度こそ、誓いは、破らせません。


 そう強く決心しながら、揺るぎない瞳で、真っ直ぐと告げると、司書の方は、何度も頷きました。


「……どうか、お願いします!」


 私達は、頷くと、立ち上がり、出口の光に向かって走り出しました。


 そして私は、走りながら、バーン様の言葉を思い出しました。


 ──心の底から誰かを護りたいと願えば、その神器は、必ずや、お前の中の光に応えてくれるであろう。


 ……今が、その時なのですね、バーン様。必ず、応えさせてみせます!そして、今度こそ、お二人を救ってみせます!


 私は、背中の大剣に意識を向けながら、心の中で、そう誓いました。


 そして、外の眩しい光に怯まずに、真っ直ぐと前を見据えると、マギオンから出立しました。


 


 




 


 



 


 


 





 


 


 


 


 

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