第26話 裁きの雷 (アリーシャ視点)

 悪魔の姿に変わり果てたグレルは、上空からほくそ笑みながら、私達を見下ろしている。全く、腹が立つわ。でも、お陰で恐怖よりも苛立ちが勝ってきたわ。


 でも、攻撃を当てようにも、ここからじゃ到底届かない。上手いこと、フックを絡ませられないかしら。


 私は、視線をグレルに向けたまま、ロキに小声で話しかける。


「……ねえ、ロキ。あの悪魔野郎を引きつけられる?」


「……何か、考えがあるのですね。可能な限り、引き付けてみます。」


 ロキは、そう小声で返すと、大きく息を吸い込み、グレルを鋭く睨みつける。


「……グレル。あなたの黒いマナの剣技と、私の純霊結界、どちらが優れているか、勝負しませんか?」


「……大方、何かの作戦か?悪いが、オレは、そんなつまらん勝負には乗らない。」


 ……ムム、意外と鋭い。やっぱり、長いこと団長を務めているだけあるわ。そう簡単に引きつけられないか。


 と、思ったが、隣のロキは、何故かニヤッと笑う。細く開かれた青い目が、月の光で青白く照らされて、妖しく光る。


「おや?負けるのが怖いのですか?小心者ですね。」


 バカにしたかの様に、そう煽ると、鼻で笑った。


 あの優しいロキからは、想像もしなかった。演技とはいえ、こんな顔も出来るんだなと、一瞬ゾッとした。


 グレルは、不愉快そうに顔を歪めると、舌打ちをした。


「どうなっても知らないぞ!」


 グレルは、そう怒鳴ると、思いっきり剣を振り下ろす。


 すると、一振りしただけなのに、黒い斬撃がいくつも現れ、四方八方から、ロキに向かって飛んできた。


 ロキは、純霊結界を張り、身を護る。しかし、休む間もなく、大量の斬撃を弾き返しているからか、額に汗が滲み出て、少し苦しそう。


 急いで、あの悪魔を引きずり降ろさないと!


 私は、隙を見て、結界から出ると、猛ダッシュでグレルの背後に回る。


 あいつ、ロキに夢中だから、私の事に気が付いていない。全く、ガキはどっちよ。


 私は、フックの腕輪がついている、左の拳をグレルに突き出し、右手で支えながら、狙いを定める。


 狙うは翼。あそこに絡み付けて、もぎ取ってやるわ!


 バンッと、勢いよく、フックがグレルの翼目掛けて飛んでいく。いける!


 ……と、確信したが、グレルが気配を察したのか、ハッとすると私の方に視線を向けた。


 そして、フックに気がつくと、即座に剣を振り下ろし、破壊してしまった。


 グレルは、驚愕している私を見下ろし、ニヤリとした。


「やはり、作戦であったか。惜しかったな、クソガキ。」


「チッ……!」


 本当に、あとちょっとだったのに!あ〜、もう、悔しいわ!


 グレルは、悔しがっている私に、右手を突き出した。


 すると、私を中心とした周りの地面が、真っ黒に染まり、私の足は動かなくなってしまった。


「なっ……!」


 必死にもがこうとするが、びくともしない。まるで、底なし沼の様。


「死ね。」


 グレルが、パチンッと指をならすと、底なし闇の中から、何本もの放物線状の、槍の様な物が現れた。


 そして、全ての切先が私へと向けられると、一斉に串刺しにしようと、襲いかかってきた。


「あ…………。」


 呆然と、その闇の槍を見つめる。


 私、死ぬの?こんなやつに、殺されるの?


 その時、ふと脳裏に母さんが思い浮かんだ。


 ……前にも、こんなことがあったわ。私と母さんが、信頼していた盗賊仲間に裏切られて、魔物の群れの囮にされたわ。結局、裏切った仲間は、別の魔物に襲われて死んだけど。


 だけど母さんも、魔物に食われそうになった私を庇って死んだ。


 まるで、あの日の光景を見ているかの様。でも、母さんはいない。今度こそ、死んでしまうかも……!


 そう悟った私は、固く目を瞑った。


 バチッ!!!


 しかし、目の前で何かが弾かれる音が聞こえ、ハッとして目を開く。


 そこには、純霊結界を張る、ロキの後ろ姿があった。


「ロ、ロキ……?」


「うっ……!」


 しかし、ロキは底なし闇に、膝をつき、疼くまった。


 よく見てみると、ロキの左脇腹が、ひどい出血で真っ赤に染まっていた。結界を張るのが、少し遅かった様だ。


「ロキ!!!」


 私は、急いでロキの隣に行こうとするが、相変わらず足が動かない。


「いや……!ロキ、ロキ!!」


 段々と、ロキとあの時の母さんが重なって見え、私は気が付くと泣き叫んでいた。もう、私のせいで、誰かが死ぬのはゴメンよ!


 ロキは、私に振り返り、口から血を流しながらも、優しく微笑んだ。


「……大丈夫ですよ、アリーシャさん。」


「だ、大丈夫じゃないでしょ!母さんだって、同じこと言って死んだわよ!」


「……それよりも、アリーシャさん。神器を構えたまま、その場から動かないで下さい。」


「え……?」


 ロキは正面を向くと、ヨロヨロと立ち上がり、大剣を底なしの闇に突き立てたが、何故か純霊結界が張られる気配はない。


 それを見たグレルが、豪快に笑い出した。


「オレの力に耐え続けたから、神器のマナが切れたのか!だから、どうなっても知らないと言ったのに!」


 私の雷牙も、電撃を帯び続けていると、一時的に使えなくなる時がある。ロキも、さすがに使い過ぎてしまったの?


 しかし、ロキは、相変わらず青い目を鋭く光らせながら、グレルを睨みつける。


「……ですって?笑わせないで下さい。それは、あなたの力ではありません。私は、そんな紛い物の力などに、負けるつもりはありません!」


 ロキが、そう強く吐き捨てると、突然底なしの闇が、白く輝き出した。


「え……?」


 そして、私の足元から、結界が押し出される様にして、少しだけ顔を出した。


 ロキは、周りに結界を張ったのではなくて、地面の中に結界を張り、底なしの闇を消し去ったみたい。


「……アリーシャさん、あの愚か者に、裁きの雷を下してください。」


「え?」


 次の瞬間、足元の結界は、一瞬で私を天高く押し出した。まるで巨大なバネみたいに。


「な、な、な、何よ、これ!!!」


 しかし、私が驚いたのも一瞬。ロキに言われていた通り、既に雷牙を構えていた私は、強力な雷を纏わせると、唖然としているグレル目掛け、急降下する。


「地獄に堕ちなさい!!!」


 ズドーーーーーーーーーーンッ!!!


 グレルの両翼を切り裂くと、まるで近くで落雷したかの様な轟音と共に、翼を失ったグレルは真っ黒焦げになりながら、地面へと落下していく。


 その先には、ロキが大剣を構えている。


「これで終わりです!」


 そして、グレルの腹を切り裂く。グレルは、うめき声を上げながら、地面に強く叩きつけられた。


 人間の姿へと戻ったグレルは、腹を押さえ、横たわりながら、私とロキを悔しそうに見上げる。


「く、くそ……!」


「……さて、連行する前に、あなたの主人の事をお聞きしたいのですが。」


「……そ、それは……。」


 グレルが渋々、口を開きかけたその時だった。


 シュッ!!


「ぐはあっ………………!!」


 突然、グレルが持っていた、闇のマナの剣が一人でに浮かび、グレルの心臓を突き刺した。


「なっ……!」


 私たちが驚く間もなく、グレルは、瞳に虚空を映したまま、ピクリとも動かなくなった。


 闇のマナの剣は、そのまま砂となって消えてしまった。


「…………ど、どういうことよ。」


「……まさか、口封じに、消されてしまったのでしょうか。」


 私たちは、辺りを見回すが、真っ暗な上に、人の気配も何も感じない。


 私は、舌打ちをすると、何とも言えない、やるせない気持ちになりながら、グレルの死体を見下ろした。


 あの裏切った盗賊仲間の死体を見つけた時も、こんな気持ちだった。


 そんな私を見たロキは、自身の服の一部で止血しながら、私に何か言おうかと少し迷っていた様子だったが、やがて意を決し、口を開いた。


「……そういえば、アリーシャさん。アリーシャさんのお母様は、あなたを庇って亡くなったのですか?」


 知らない間に、口走っていたみたい。私は、静かに頷く。


「……そうよ。さっきのロキみたいにね。ロキが傷付いた時、あの時の母さんが頭をよぎったわ。」


 ロキは、申し訳なさそうに、目を伏せた。


「……すみません。私が、あの時、上手く結界を張れていれば、アリーシャさんが辛い思いをせずに済みましたよね。」


「ううん、違う。」


「え?」


 少し驚きながら、顔を上げるロキと目が合うと、私は微笑む。


「ロキは、私を護ってくれた上に、こうして生きていてくれた。だから、謝らないでよ。」


「アリーシャさん……。ありがとうございます。あなたは、まだ子供なのに、何だか立派ですね。」


 ロキは、私の頭をよしよしと撫でる。


「だ、だから、子供扱いしないでよ!」


 頬を膨らませる私を、ロキはクスッと微笑んでいる。


「フフッ……。さあ、早く凛花さん達の元へ急ぎましょう。」


 私は、ハッとして、そうだったと思い出す。凛花たちが出てこないって事は、まだバーン様に会えていないのかしら。


「そうね。私たちも行くわよ!」


 私とロキは、急いで神殿の中へと駆け込んで行く。


 神殿に入る直前、

「……さようなら、グレル団長。」

 と、ロキが小声で、少し寂しげに呟いた気がした。




 


 


 


 


 




 


 


 

 




 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 








 


 


 


 

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