第9話 走馬灯
*****
──チチチ……。
……鳥のさえずりが聞こえる。……それに、何だか暖かいわ。ここは、何処なのかしら?
暖かい陽だまりに包まれながら、
……ここは……、お屋敷の花畑ですわ。私、ずっと、ここでお昼寝してたのかしら……?でも何か、大切な事を忘れてしまっている気がする。心の中で、一番大切にしていた何かを、取られてしまったかの様な……、何だったかしら?
そう疑問に思い、首を傾げようとしたのだけれど、何故か動けない。
そもそも首どころか、手も足も動かないわ。……一体、どういう事?
と、頭が混乱しかけたその時、背後から、
「ライラック〜!」
──懐かしい女性の声が聞こえた。
その声を聞いて、一瞬、思考がフリーズした。
……それなのに、私の身体は、何故か勝手に立ち上がり、その人へと振り返った。
「お母様!」
そう嬉しそうに、その女性──お母様を呼んだ私の声は、まだ幼く、伸ばした両手も、うんと小さかった。
…………これは、小さい頃の夢を見ているのかしら?
お母様は、蓮桜と出逢う少し前に、不治の病で亡くなってしまいましたわ。それに、私は子供ではないわ。
……やっぱり、これは夢なのね。
それでも、まるでお日様の様な、温厚な笑顔でこちらを見下ろす、翡翠色の瞳の女性は、間違いなく、お母様だった。とても懐かしいわ。
懐かしさで、涙が溢れそうなはずなのに、子供の頃の私は、それとは裏腹の無邪気な笑顔で、お母様と、お話ししていた。
「お母様!今日も、あのお話を聞かせて下さいまし!」
……あのお話?
「ええ、良いわよ!……にしても、ライラックも、本当に好きね、あのお話。お母さん、本当に嬉しいわ!」
「だって、どのお話よりも、ワクワクしますもの!」
「そりゃあそうよ!何たって、“愛”はね、素晴らしいのよ!」
お母様は、鼻の穴を広げ、鼻息を荒くしながら、楽しそうにそう告げた。
…………そういえば、思い出したわ!お母様は、よく愛の素晴らしさについて、お話ししてくれたわ!
私も、そのお話が大好きで、恋愛に憧れを抱く様になりましたわ!
「愛の力はね、未知数の力を秘めているのよ!私も初めて夫に出会った時に、ビビッと来たのよ!もう!目が離せなくて、心臓がバクバク鳴って、全力で抱きしめたくなるのよ!
その日から、夫の事が頭から離れなくて、仕事やら作法のお勉強やら、何をするにもやる気が出なくなって、堕落の日々が続いたわ。
でもね!また顔を合わせたらね、ビックリするぐらい、モチベーションがグンと上がったの!それまでイマイチだった、福音の神器も、莫大な力を発揮する様になったのよ!」
お母様は、大興奮しながら、早口でそう仰ると、ようやく一息つき、自身の首元につけている、福音の神器に嬉しそうに触れながら、再び口を開いた。
「……その理由がね、愛の力だって気が付いてからは、夫に猛アタックしまくったわ。愛の証と言われている、フレリアを、護衛を付けずに一人で取りに行ったりなんかして、今までの自分では、考えられない事だったわ。
愛の力はね、どんな魔法よりも、強い力だと思うの。そして、隣に運命の相手が居れば、より強い力を生み出すの。」
お母様は、そう言うと、両手を首の後ろへと持っていき、福音の神器を外すと、私の首へと付けてくれた。
「……少し早いけど、あなたに継承するわ。この歳で、愛の偉大さを理解している貴女の方が、私よりもこの神器の力を、使いこなしてくれると思うの。そして、いつか、好きな人と一緒に、愛の共同技なんて出来たら、もっと最強になれるでしょうね。」
「本当に!?あ〜〜!私も早く出逢いたいなー!」
「フフッ。胸がズキュンッときたら、その人をロックオンするのよ、ライラック!」
「ええ!約束するわ!!」
私は、まだ見ぬ殿方に想いを馳せながら、お母様と仲良く指切りげんまんをした。
お母様が、どこか寂しげに微笑んだのを最後に、辺り一帯が、真っ白になった。
「…………そうだわ。私、お母様が話してくれた、愛について、忘れてしまいかけていたんだわ。」
お母様の話を聞いている内に、これまでの経緯の事を思い出してきた。
アレクシアによって、愛の力を吸い取られてしまった事。
そして、それによって、何も考えられなくなり、蓮桜の顔も声も名前も、忘れかけてしまっていた!
……何たる失態!!!自分が許せませんわ!!
そして何より……、私の愛の力を奪ったアレクシアを、許せませんわ!
「…………お母様が教えてくれた、愛の力で、ギャフンと言わせてやるわよ!!!」
愛の力が枯渇し、死にかけた私を、お母様との記憶が救ってくれた。
あとで、お母様のお墓に行って、お礼を言いに行かなくてはいけませんわ。
……その時は、運命の相手と一緒に。
「よし!!やってやるですわよ!!!」
そう強い意気込みをした、次の瞬間、真っ白だった視界に、段々と蓮桜の顔が見えてきた気がした。
これは、夢?それとも──?
咄嗟に手を伸ばし、強く抱きしめた瞬間、この感触と温かさが、夢ではない事を教えてくれた。
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