第109話 深化の力 (ノア視点)
破浄魂の拳を、あっさりと素手で受け止めやがったリアン。その顔は、ムカつくほど微笑んでいやがる。
「……おらあっ!!」
「おっと!」
右足に破浄魂を纏い、横薙ぎに蹴り飛ばそうとしたが、リアンは、これも笑いながら、上体を後ろへと逸らし、避けやがった。
そして、上体を起こそうとするのと同時に、頭突きをかまそうと、眼前に素早く迫ってきた。
「…………ッ!!」
リアンは、続けて迫ってくる訳でもなく、相変わらず、ほくそ笑みながら、余裕ぶって突っ立っていやがる。
……こいつ、半分は人間のはずなのに、破浄魂の拳を、あっさり素手で受け止めやがったり、余裕ぶちかましていやがるし、思っているよりも底が知らねえ。
……今まで、それ相応の数の白魔や魔女を、殺してきたってことか。
「ノアさん!」
「ノア!」
その時、背後からロキと蓮桜が駆け付け、それぞれオレの左右に並び、身構える。
「凛花達は?」
「女性陣には、黒魔女の相手をお願いしました。私達で、リアンの相手をしましょう。」
オレは、ロキに頷いた。
リアンは、人間の血が混じっているというのに、底知れない強さを持っている。凛花達が相手をするには、危険かもしれねえ。
だから、ロキが、そう提案してくれて良かったかもな。
そう思いながら、目の前のリアンに視線を戻すと、リアンは、少し哀れむ様に嘆息した。
「……三人掛かりで、僕に勝てるとでも思ってるのかい?」
オレは、少しイラッとしたが、虚勢を張り、歯を見せながら、ニヤッと笑う。
「ったりめーだろーが。」
その返事を聞き届けたリアンは、オレの顔を憂う様な瞳で、じっと見つめた後、一度目を閉じる。
「……そう、君は良い人だから、残念だ。」
──ズンッ!と、リアンを中心に、周りの空気が一気に重くなり始めた。
そして、赤黒い双眸が開け放つのと同時に、体全体に、ドス黒いオーラが纏われる。まるで、底無しの闇に包まれているかの様だ。
あの得体の知れないオーラが、リアンの破浄魂か……。
破浄魂は、白魔の心によって、色が違うと聞いたが、あいつは、こんなにも真っ黒で、重苦しい心を背負っているのか……。
「──ッ!来ますよ!」
ロキが叫ぶのと同時に、リアンは破浄魂を纏わせた右拳を構え、前方の空を思いっきり殴りつけた。
すると、細かくて無数の、黒いかまいたちが現れ、俺たちへ向けて、あちこちから襲いかかってくる。
「はっ!!」
ロキが、咄嗟に結界を張り、俺たちの身を護る。
オレと蓮桜は、その隙にかまいたちの間を縫って、結界から出ると、すかさず、リアンの頭目掛けて、左右から思いっきり蹴った。
「…………チッ。」
思わず舌打ちをしてしまう。
リアンが、両手でオレたちの足を掴み、攻撃を防ぎやがったからだ。
そして、リアンの両手から、あの黒い破浄魂が溢れ出し、オレと蓮桜を包み込んだ。
途端に、血を流し過ぎた時の様な、猛烈な眩暈に襲われ、視界がぐらついた。
「ぐっ…………!」
「な、んだ……、これは……!!」
オレに続いて、蓮桜も顔をしかめ、額には汗が滲み出していた。
「はあっ!!」
ロキが、光り輝くロングソードで、リアンの正面から斬り掛かったが────。
「なっ……!」
両手が塞がっていたリアンは、振り上げた右足にも破浄魂を纏わせると、その足の裏で、まるで盾の様に、ロングソードを受け止めやがった!
そして、オレ達を一気に弾き返した瞬間、オレと蓮桜の身体に纏わりついていた、黒い破浄魂が消えていて、脱力感もなくなり、呼吸も少し楽になった。
「……何だったんだ、今のは……。」
「今のはね、僕の破浄魂の、“深化の力”。」
「……しんか……?」
「君は、まだ破浄魂に目覚めたばかりだから、知らないだろうね。
破浄魂は、白魔の心によって、色が異なるだけでなく、より深い力──深化の力も異なってくる。
……僕の場合は、暗い過去と心を抱えているからか、破浄魂で触れた相手を、虚無の闇に誘うんだ。」
最後は自嘲気味に、うっすら笑いながら、そう告げた。
あの脱力感は、破浄魂の力だったのか……。
「……正直、可哀想な死に方をさせたくないんだけどね……。」
と、今度は嘆息混じりに、哀れむリアンだが、初手で諦める程、オレ達は落ちぶれちゃいない。
オレは、ニッと笑いながら、再び身構える。
「……悪いが、オレ達は、てめえに殺されるつもりなんか、さらさらねーよ。人の心配してねーで、本気でかかってきやがれ。」
「貴様の破浄魂は、相手を虚無の“闇”に堕とすと言っていたが、オレは闇の神器を扱う者だ。そう簡単には堕とされないさ。随分と、舐められたものだな。」
「光は、どんな闇にも負けない強さを持っています。私が、リアンさんの闇を、光の神器で切り裂いて差し上げます。」
オレに続いて、蓮桜がフッと軽く笑いながら、ロキが真剣な瞳でリアンを見据えながら、そう宣言し、身構えた。
……だが、リアンの破浄魂の深化は、正直厄介だな。
オレも、何とかして覚醒させないと。
その、“深化の力”とやらに。
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