第110話 両翼と連携 (蓮桜・ノア視点)

 【蓮桜視点】


 ライラックの、まるで希望に満ちた歌声が、辺りに響き渡っている。

 女神の様な美しい歌声のお陰か、幾分か落ち着きを取り戻せた。


 一つ深い息を吐き、ライラックへと振り向きたいところだったが、凛花とアリーシャが傍に居るから、心配は無用だな。


 ──それよりも、目の前のリアンに集中せねばな。


 先程の、破浄魂の深化とやらは、かなり厄介だ。触れた対象の力を奪い、虚無の闇に堕とすと言っていたな。

 アレに触れない様に、攻撃したいところだが……、リアンの黒い破浄魂は、まるで生き物の様に、纏わりついてくる。触れずに闘うのは、正直、至難の業だ。


 この戦いの最中に、ノアの破浄魂が深化すれば、形成逆転する可能性はあるが、それは賭けだ。


 今は、触れられる箇所を、なるべく最小限に留めながら、攻撃していくしかないな。


 ……それに、オレは闇の神器の使い手だ。


 アイツの闇になんか堕とされない。むしろ、オレがアイツを闇に堕としてやる。


「──フッ!」


 右手で素早く手刀を作り、口元に当てながら、短く息を吐く。

 すると、闇の神器が紫光に輝き、それと同時に、リアンの足元に、闇色の沼が出現し、そこから暗黒の手がいくつも伸び、リアンの体を闇に沈めようとする。


 ……が、リアンが抵抗することなく、何食わぬ顔で、こちらを見ていた為、オレは違和感を感じ、ロキに目配せをした。

 

 ロキは頷くと、文字通り光の速さで、リアンの目の前に移動し、神々しいロングソードを振り上げる。


「……甘いね。」


 と、リアンが軽い笑みを浮かべた刹那、


「ッ!?」


 ロキは、瞬時に大剣に変え、その刀身で何かを受け止め、その隙に、リアンは闇の沼から抜け出していた。


 ──空中へと。


「なっ……!」


 皆、驚愕しながら、リアンを見上げている。


 リアンの背中には、ドス黒い両翼が生えていた。


 同族である、ノアですらも、訳が分からない様子で、目を見開き、驚いている。


 リアンは、両翼を羽ばたかせ、こちらを見下ろしながら、軽い笑みを浮かべた。


「……驚いた?これも深化の力の応用技だよ。破浄魂の力を背に集中させて、形を変えたんだ。……ここまで使いこなすのに、かなりの年月がかかったよ。」


 最後は、軽く挑発するかの様に、ノアの方へと視線を移しながら話していた。


 鋭く睨みつけるノアに向けて、リアンは大きく羽ばたかせた翼から、無数の何かを飛ばした。


 オレが叫ぶよりも早く、ノアは瞬時に反応し、後方へと跳躍して避けた。


 地面に鋭く突き刺さったそれらは、黒い羽だった。先程、ロキに向けて放った物と同様のものだろう。


「……こんな事まで出来んのか……。」


「これも、長い年月をかけて編み出した応用技だよ。ノア君には、この場で覚えられるものじゃない。ましてや、“深化”もしていないしね。」


 鼻で笑いながら放たれた、この言葉には、さすがのノアも、額に青筋を浮かべざるを得なかった様だ。


「……ノア、挑発に乗るな。」


「ああ、分かってるよ。……だがな。」


 ノアは、一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると、拳を構え、そこに金色の破浄魂を纏わせる。


「……深化ぐらいは、この戦いで発現させてやるよ。」


 そして、ニッと笑みを浮かべ、いつもの調子へと戻った様だ。


 オレもロキも、一先ず安堵し、上空のリアンを見据えながら、構え直す。



【ノア視点】


 ──とは言ったものの、どうすりゃあ良いか。


 貼り付けた虚勢の笑みの内心で、思案を巡らしてみるが、当然、分からない。


「はっ!!」

「はあっ!!」


 蓮桜が、闇色の札を何枚か投げつけ、ロキも光る斬撃を連続で飛ばす。


 その様子を見て、オレはハッと我に返ると、雑念を振り払う様に、首を横に振った。


 ──考えても分かんねえなら、しょうがねえ。色々試して、ぶつかってみるしかねーな。


 スーッと息を吐き、強く握りしめた拳に、破浄魂を上乗せさせながら、一気にジャンプする。


「おらあっ!!!」


 だが、拳が届く前に、リアンの破浄魂に覆われ、不意の虚無感に襲われてしまう。


「────ッ!」


 それでも、


「うおおおおッ!!!」

「ッ!!」


 目の前がグラつき、脱力感に襲われる中、それでも負けじと、光を絶やさず押し進め──、リアンの額をブン殴り、地上へと叩き落とす。


 リアンが落ちる先には──、神々しいロングソードが待ち構えている。


「……チッ!」


 リアンは、ロキの姿に気が付き、舌打ちをすると、両翼を広げて体勢を立て直し、ロキに向けて、羽の刃を撃ち放った。


 この至近距離で、回避不可能──と、リアンは思っただろうが──、


「何っ!?」


 地上で剣を構えていたロキは、刃に直撃した瞬間、光の粒子へと変わった。


 多分だが、神器から発する残光で、自分の分身を作り上げたんだろうと思う。


 すると、驚くリアンの背後に、ヌメリと闇の空間が現れ、そこから妖しげな紫光と、神聖な温光が出現した。


「「はあっ!!!」」


 闇の回廊から現れた、ロキと蓮桜が同時に、紫光の手甲剣と、光のロングソードを、リアンの背後から振り下ろす。


 その時、光と闇の、相反する光がうねる様に混ざり合い、より強力なマナを以て、リアンへと襲いかかる。


「ッ!!!」


 リアンは、ハッとして振り返ったが、一瞬遅く、光と闇の刃によって、地上へと叩き落とされ、辺りは土煙に覆われる。


「やりましたね、ノアさん!」


「……けど、今のは、普通の破浄魂だ。」


 ロキに、首を横に振り、そう否定する。


 ぶん殴れはしたが、破浄魂が深化した感じはなかった。


 ──やっぱり、そう簡単にはいかねーな。


 自分の掌を見つめながら、そう思い、ギュッと拳を握りしめると、リアンが落とされた方向を見据える。


 土煙が晴れると、そこには、自分を包み込み、身を護っていた両翼を、勢いよく広げるリアンが居る。


 さすがに、あの連携攻撃も効かなかったかと思ったが、よく見ると、全くという訳ではなさそうだ。


 リアンの右頬には、浅い切り傷が出来ていて、そこからツーッと血が流れ落ちていた。


 リアンは、それを手で拭き取ると、自身の血で濡れた掌を、目を見開いて見つめた。


「……へえー、掠ったとはいえ、僕が傷を負わされたのは、子供の時以来だよ。」


 感心した様に、そう言うと、全身に黒い破浄魂を纏わせ、瞳孔をカッと開かせながら、オレ達を見据える。


「……少しは楽しめそうだね。」


 徐々に強くなりつつある、リアンの殺気に気圧されない様に、オレもニヤリと笑い、口を開く。


「……もっと楽しませてやるよ。」

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