第5話 精霊と魔女

 私とリースさんは、しばらく、“鍵”であると思われるクリスタルを、呆然と見つめながら固まっていた。


 やがて、リースさんは、私がバスタオル一枚である事に気が付くと、ハッと我に返った。


「と、とりあえず、服に着替えなさい。そしたら、鍵について、もっと詳しく話そう。」


「は、はい……。」



        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 服に着替え直した私は、再びリースさんの向かい側の席に座り、鍵を机の上に置いた。


「……この宝石からは、僅かだが、特別な魔力を感じる。やはり、本物の鍵であろう。」


「で、でも、これは、私が元々、あっちの世界で持っていた物なんですよ?どうして、こっちの鍵が、私の世界にあったんですか?」


「それは分からぬ。じゃが、もしかしたら、事故か何かで、凛花の世界へと渡ったのであろう。」


 私は、神妙な面持ちで、目の前の鍵を見つめた。ずっと無色透明の、ただのクリスタルだと思っていたから、正直信じ難い。


「……さて、それが鍵だと分かった事じゃし、次は、精霊について話そうか。」


 この世界、エルラージュには、5大精霊が、各地に祀られているという。


 その5大精霊の中で、最も強大な力を持つ精霊の名前が、“オリジン”というらしく、この世界を創ったとされる精霊らしい。


 そのオリジンは、この世界の中心にそびえ立つ、大きな神樹に宿っており、世界の命の源である、“マナ”を放出し、世界の均衡を保っているらしい。


 だけど、ここ10数年、オリジンの宿る神樹が枯れ始め、オリジンの気配も感じなくなったという。原因は不明らしい。


 オリジンが居なくなった事により、この世界のマナの循環が悪くなったから、四大精霊も眠りについてしまったり、世界各地で、自然災害も増えたりしているらしい。


 しかし、私の持つこの鍵は、このままでは使えないらしく、四大精霊の力も必要らしい。


 四大精霊に会って、鍵を完全な状態にしなくてはいけないらしいが……。


「ちょっ……!今の状態じゃあ、精霊に会えないんですか!?」


「ああ。じゃが、お主には、魔女の素質がある。もしかしたら、お主の中に流れる魔力を感じ取り、目覚めるかもしれん。……もう、魔女は、ほとんどにされてしまったから、試した者はおらぬがな。」


 不穏な言葉を聞いた私は、途端に青ざめた。


「ね、根絶やしに……?」


 リースさんは、頷くと、遠い目で天井を見つめながら、どこか悲しそうな表情で、ポツリポツリと話し始めた。


 今から10数年前、魔女が住んでいた里が、何者かによって、一夜にして滅ぼされたという。


 そして、生き残った者は、一人もおらず、10数年経った今でも、犯人は分からずじまいで、謎に包まれている。


 私は、身の毛がよだつ思いで、ゾッとしながら聞いていた。


「……な、何故、犯人は、魔女の里を襲ったのですか?」


 リースさんは、机の上に置いてある物に視線を落とした。


「その鍵を狙っておったのだ。元々鍵は、魔女の里で、最も強い魔力を持つ者───即ち、“聖女様”と呼ばれる者が、代々護っていたのだ。じゃが、聖女様はあの日、命を落としてしまったが、何故か鍵は行方知らずで、犯人は、今でも鍵を探し続けていると言われている。」


 私は、思わずガタッと立ち上がった。


「そ、そんな!じゃあ、この鍵を私が持っているって事が、犯人にバレたら、私は殺されるどころか、二度と帰れないんですか!?」


 そんなの、冗談じゃない!ゆうと真希に会えないまま、死ぬなんて嫌だ!


「じゃから、犯人にバレない様に、それを隠し持ちながら、宝珠の元へ辿り着かなければならない。帰るには、それ相応の覚悟を持たなくてはならないぞ。」


 私は、ハッとすると、瞳を揺らしながら、鍵を見下ろした。


 もしかしたら、これを持っている事で、本当に、殺されてしまうかもしれない。


 でも…………。


 私の脳裏には、ゆうと、真希の姿が映った。


 二人と遊んだ日々、真希のフルートの旋律と、手作り料理の、あの味。そして、トラックに轢かれる前の、ゆうの泣きながら怒る姿。


 私は、ギュッと手を強く握り、ごくりと唾を飲み込んだ。


 そして、リースさんを真っ直ぐ見つめながら、私は頷いた。


「私は、絶対に帰らなくてはいけないんです!宝珠を見つけるしか、方法が無いのなら、それでやるしかありません!」


 リースさんは、私の強い覚悟を感じ取ると、少し驚いていた。


「ほう……。すごい娘じゃな。まるで、今は亡き、聖女様みたいじゃよ。……じゃが、しかし、道中は、さっきの様な魔物も、わんさか居るし、魔法を扱いきれていないお主を、一人で行かせるのも……、う〜む。」


 リースさんは、腕を組みながら、深く考え込んでしまった。


 しばらくすると、外が少し騒がしくなり、私とリースさんは、扉を見つめた。


「何じゃろうか?」


 そして、二人で外へ出ると、村の中心の、少し広い場所で、老人達が何かを取り囲む様にして、集まっているのが見えた。


 私とリースさんは、老人達の隙間から、顔を覗かせて、みんなの視線の先にあるものを確認した。


「え!?」


 私は、驚いた。


 そこには、肩甲骨まで伸びた真っ白な長髪の人が、うつ伏せで倒れていたからだ。


 しかし、老人達は、取り囲むだけで、誰も助けようとせずに、ヒソヒソとその人を見下ろしながら、何やら話をしている。


 私は、浅い人混みをかきわけて、すぐにその人の元へと駆け寄り、声をかけた。


「大丈夫ですか!?」


 そして、その人の身体を仰向けにさせ、上半身を抱き起こした。


 その人は、よく見ると整った若い顔立ちの男の人で、私とそんなに歳が変わらなそうに見えた。


 すると、周りの老人達が、ざわつき始めた。


「お、お嬢さん!その者は、“白魔はくまの一族”じゃ!急に暴れ出すかもしれぬぞ!」


 白魔の一族……?


 すると、少年は、騒がしい声に気付いたのか、瞼をゆっくりと開けた。


 少年の瞼が動くと同時に、老人達は皆、血相を変えると、私達から距離を離れた。


 私は、開かれた目を見て、驚いた。


 その少年の瞳は、ルビーの様な、真っ赤な目をしていたからだ。


 その瞳が、ゆっくりと私を捉え、私は一瞬ドキッとした。


「は、は……が………。」


 少年は、口をもごもごと僅かに動かしながら、何かを言っている。


「え?」


「……腹、減った…………。」


 やっとの思いで、私にそう告げた少年は、再び眠りについた。


 呆然としている私に、リースさんが駆け寄ってきた。


「凛花、とにかく、その白魔の子を、わしの家に連れてきなさい。」


 私は、ハッと我に返ると、少年を背負い、急いでリースさんの家の中に入った。

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