第14話 ただ、平和に暮らしたかった

 ……苦しい……!


 何で、こんなに胸が苦しいんだろう。押し潰されてしまいそうだ。


 マナの使い過ぎが原因なのかと思ったけど、まだ、そんなに使っていないから、違う。


 苦しみに耐えながら、瞼を開き、目の前のルカへと視線をうつすと──


「────ッ!」


 ルカの固く閉ざされていた瞼は、ふるふると震えていて、そこから、一筋の涙を流している……!


『……ご、ごめんなさい……。お腹が空いていたの……。もう、盗まないから、ぶたないで……!』


 その時、頭の中に直接、あどけない幼女の声が響くのと同時に、今よりも体の小さいルカが、武器を持つ人間の大人達に、囲まれている映像が流れてきた。


 これは……、ルカの記憶?


 そう気付いた次の瞬間、頭の中の映像が切り替わり、今度は、さっきよりも背が伸びたルカが、大勢の白魔の死体の血溜まりに、一人立ち尽くしていた。


『……どうして、みんな私の事をいじめるの?……私はただ、誰かと一緒に、平和に暮らしたいだけなのに。……もう、痛いのも、殺すのも嫌。』


 次に、窮屈でジメジメした洞窟に、ルカが体を丸め、涙を流していた。


『……そっか。みんなが私をいじめるのは、私が半端な血を持つ、狭間の者だからなんだわ。きっと、私のお父さんとお母さんも、こんな私に嫌気を差して、捨てたんだわ。……この先、ずっと、独りなのかな。』


 最後は、真っ暗闇の中、ルカの声だけが響いた。


『……そうだわ。私が消えれば良い。こんな醜い体を差し出せば、それで終われる。』


「ダメ!!」


 思わず、檻の中へと右手を伸ばす。


 すると、私の手の先から上腕は、強い電流の様な激痛に襲われ、皮膚もあっという間に焼かれていった!


『り、凛花さん!!?』


 ルナの叫び声に構わず、私は必死にルカへと手を伸ばす。


「うあああああああああああッ!!!」


 ──痛い!熱い!焼かれる!怖い!


 ──でも、ここで引っ込めたら、もう、二度とルカには届かない!


「うおおおおおおおおおッ!!!」


 その時、ノアの声が聞こえ、ハッとして見上げると、いつの間にか氷の竜巻に閉じ込められていたノアが、もみくちゃに回転されながらも、拳を夕焼け色に輝かせながら、竜巻の中心部へと狙いを定めていた。


「はあっ!!」


 そして、拳を突き出すと、ノアの拳から、橙色の風の刃が繰り出され、竜巻の中心部へと当たると、竜巻はブワッと音を立てながら消え去り、ノアは遥か上方へと吹き飛ばされた。


 でも、それで風のマナを使い切ってしまったみたいで、ノアの拳に纏っていた風が、小さくなり、消えてしまった。


 それを見兼ねたデャーラルクが、黒い炎と黒い氷の球を、ノアへと何発か投げつけてきた!


「ぐぅ…………ッ、ノア……!!」


 ノアは、夕焼け色の瞳を、カッと開かせると、モモンガの様に両手両足を広げ、炎と氷の玉を体を旋回しながら避けていく。


「くっ……!」


 しかし、さすがに全ては避けきれず、数発は体に当たってしまうが、それでもノアは、怯まずに右足に夕焼け色の破浄魂を纏わせ、デャーラルクに正面から向かっていく。


「はあッ!!」


 そして、デャーラルクの脳天に、強烈なキックをお見舞いすると、デャーラルクは、地面へと落ちていき、それを見届けたノアは、私の元へと急降下していく。


「凛花!──ッ!?」


 しかし、落下していたはずの、ノアの体は、気絶していたはずのデャーラルクによって、背後から抱きしめられながら、再び上方へと上昇していった!


 デャーラルクの再生能力が、さっきよりも格段に上がっている!デャーラルクの力が強くなっているっていう事は、ルカの体が完全に乗っ取られるまで、もう時間がないのかもしれない!!


「くっ……!凛花!」


「あら。あの子の手助けをしようとしていたようだけど、無駄よ。あの子の腕も、骨の髄まで焼かれて終わりよ。」


「……おい!ルカ!!お前は、本当にこのままで良いのかよ!こんな奴に、てめえの体を乗っ取られて、好き勝手暴れさせて、大事なものも傷付けられるんだぞ!

 お前が本当に望んだものは、こんなものじゃねえだろうが!!!」


 ノアの一喝が、天地を震わすほど、辺り一帯に響き渡ったその時。


 ルカの瞼が──ピクリと動いた!


「…………ッ!お願……いッ!ルカ……、目を、開けて……ッ!!」


 もう、右腕に、ほとんど感覚はない。


 それでも精一杯、手を伸ばし、治癒のマナも、より一層、増幅させていく。


 すると、今度は、ルカの唇が動き、小さな声が発せられた。

 

「……凛花……、ノア……、……、来ないで……。」


「え……?」


 ……マオは、今、ここには居ない。


 もしかすると、現実世界でも……?

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