第4話 ピンクの花園
こっそりと、屋敷の屋上へと上がった私は、なるべく静かに歌魔法を発動させ、久々に鬼嫁を具現化させた。
鬼嫁は、いつにも増して、不機嫌に感じますわ。
「……そうですわよね。私とあなたは、一心同体ですものね。蓮桜の事で、ストレスがマッハ状態ですものね?……さあ、一刻も早く、愛の証を手に入れて、蓮桜に見せつけてやりますわよ!」
そう意気込みを見せると、鬼嫁は、鼻息を荒げて気合いを入れ、私を抱き上げると北の方角へと飛び立った。
……それにしても、福音の神器を、だいぶ使いこなせる様になりましたわ。そこら辺の魔物なら、一人で倒せると思いますわ!
まあ、今回は、宝石を取りに行くだけだし、一人でも心配は要らないと思いますわ。希少価値のある物だから、見つけるのに時間は掛かるかもしれないけれど……。
「……必ず、見つけてみせますわ!」
私は不安を跳ね除ける様に、胸の前で拳をグッと握り締め、鼻息を鳴らしてみせた。
「自分を信じるのですわ!ライラック!」
さらに、そう言って自分を鼓舞させたのだけれど……、
──目的地周辺で、再び不安が押し寄せる事になってしまった。
「……おかしいですわね。確かに、この辺に洞窟があるはずなのに……、ないですわ。」
洞窟どころか、草木も、石ころ一つ、何もない。
取り敢えず、地面へと降り立ち、周りを見渡してみたものの、だだっ広い赤土の荒野が、永遠と広がっているだけだわ。
「……確か、お母様が宝石を取りに行かれた場所は、大きくて立派な洞窟だと、仰っていたはずなのに、洞窟の“ど”の字もありませんわ。」
そう不思議に思いながら、私は、深夜の暗い荒野を、月明かりに照らされながら、歩き始めたわ。
けれど、その時でしたわ。
「──ッ!!?」
突然、真っ白な霧が立ち込め、あっという間に荒野を覆い尽くした!
「な、ななな何ですの!?」
前後左右、どこを見ても、真っ白けっけ。このままでは、フレリアが見つからないですわ!
「──ッ!冗談じゃありませんわ!」
私は、目を閉じ、チョーカーに付いている福音の神器に触れながら、霧全体に響き渡る様にと、力強い歌声を奏でた。
すると鬼嫁が、二振りの包丁の柄同士をくっつけると、ルージュ色の瞳を鋭く光らせながら、目にも止まらぬ速さで、それを勢い良く回し始めた。
5秒も経たない内に、周囲の霧は吹き飛ばされ、再び、だだっ広い荒野が露になったと、思ったのに…………?
「……どうなっているの?」
まず、視界に入ってきたのは…………ピンクですわ。
お月様と星空は、桃色の明るい空へと、赤土の荒野は、目が痛くなりそうな濃いピンク色へと変わっているわ!
しかも正面には、荒野には無かった、これもまたピンクの小川が流れている!
「こ、ここは……、さっきの場所とは違うの?一体どこなの?」
そう混乱しかけた、その時に、鼻に入ってきた甘〜ったるい花の匂いによって、少し落ち着きを取り戻した。
「……ん……?何の匂いかしら?」
花の様な……、甘味の菓子の様な……、それでいて、今まで嗅いだことのない程に、強烈な甘い匂いだった。
自然と、その強い匂いに釣られるようにして、私はピンクの世界を歩き出した。
「……にしても、本当に何処もかしこも、ピンクだらけだわ。…………ん?」
しばらく歩き続けていると、正面に真っ赤な花畑が見えてきた。
「きっと、あの花畑が、匂いの出所なのね!」
そう思い、さらに近付いてみると、それらは花ではないのだと気付いて、驚愕した。
「あ、あれは……!宝石……!?」
そう。花ではなく、大量の真っ赤な宝石が、辺り一面の地面を、ビッシリと覆い尽くしていた!
「な、何でこんなに……、────ッ!?」
ある事に気が付いた私は、ハッとすると、その宝石に食いつく様に、四つん這いになって顔を近づけると、ジーッと観察した。
「…………やっぱり、これは……、フレリアですわ!」
掌サイズの、真っ赤に燃え上がる様な宝石。特徴的にも、間違いないわ!
実際に、この眼で見るフレリアは、光の反射具合で、中心部分が金粉の様にキラキラと煌めいて見える。何て綺麗な宝石なのかしら……!
しばらく恍惚と眺めていた私は、背後から忍び寄る気配に、全く気付く事がなく──、
そのまま、意識を失ってしまった。
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