第108話 女帝 尾上縫

まさかあんなに大きな事件になるとは思わなかった。


1人の個人(しかも女性)が銀行から2兆7000億円もの借金をすると言う日本の金融史上始まって以来の最大の融資事件に発展した。


この主人公がかの有名な尾上縫(おのうえぬい)である。



俺たちの営業エリアにある大阪の南に料亭「恵川」(えがわ)と言う小さな料亭があった。

間口3m、奥行き20mくらいの細長い小さな料亭で「うなぎの寝床」と言う別名があった。


ここの女将が後に有名になる尾上縫である。


毎日のように日課で「尾上詣で」と称して「料亭・恵川」に行っていた俺たち証券マンは、本当にまさかこんな大事になると思ってなかった。


だいたい3時になるとヒマな若手の証券マンは恵川に集まっていた。


実際に集まるのは料亭ではなくその横にある「大黒屋」と言う場所で尾上縫による「ありがたい銘柄御告げ」が3時以降に行われる習慣であったのだ。


この「お告げ」には我々証券マンだけでなく、都銀、信託銀行、地銀、生損保、ファンドなどに関与する連中が必ず30-40名ほど集まっていた。


連日、狭い大黒屋は黒スーツの男たちで超満員で入りきれない人は路上でメモを取る姿もあった。


この金融マンを相手に尾上縫は白装束の巫女のような格好して登場し、なんかひらひらさせた短冊を振っては「明日の銘柄は石川島じゃぞー」「三菱重工が来るぞー」などとやっていた。



祈祷する彼女の両脇にガマ蛙の像があったのを思い出している。

どうやらガマを信仰していたらしい。

「大黒屋だから普通信仰は大黒様だろうが!」と何度も思った。


彼女の口から出る銘柄は小型株の名前は聞いたことがなくいつも大型株だけであったような記憶がある。



その銘柄名を我々証券を含む銀行や信託銀行の連中が必死にメモして明日の朝1番に買いが入るのである。


それは上がるはずである。

関西を代表する金融機関が朝から全員総出動で買うわけだから。


基本的に尾上縫は、「どの金融機関も本店としか付き合わない」と言うことでいかに我々支店の証券マンが何十回足を運ぼうが口座を開いてくれる事はなかった。


しかしわれわれは各支店の同期の連中がそこで一同に介するので、近くの雀荘に行ってよく麻雀をしたものである。


ようはていのいい我々の集合場所であった。


後から聞けばこの雀荘もこの尾上縫の店であったそうだ。


次回は「昭和の女帝」と呼ばれた尾上縫がいかに多数の金融機関を騙して巨額の融資を引き出したかのカラクリを書く。

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