第21話 ファンキーな客



5月2日  午後1時 


「おい!!S製作所990円や、はよ森先生に電話して来てもらえ!!」


「先生、100万株ためたS製作所ついに990円です、今D証券から200万株買いが入ってます、1000円つくかも知れませんすぐ来てください!!」


「よっしゃわかった1000円に乗ったら祝杯しようや。ワインを持っていくから、1000円で売りの指し値しといてくれ!」


「わかりました、とにかく早く来てください!」


一転して明るい話をしよう。


森先生は駅前の総合病院のオーナーで10億円を預けてくれている、特A客である。


この電話の5分後、私物化された救急車がサイレンを鳴らしながら支店の前にとまり、彼は急いで階段を駆け上がってきたのである。


そのころ支店内は993円がついたS製作所株でワイワイ騒いでいる最中であった。


ホワイトボードで間仕切りをこしらえ、他の客からは中が見えないようにして各営業マンに祝杯のコップが配られていた。


先生が来たときは994円で全員が「4円!」「5円!」とワインの入ったコップを片手に大声で合唱していた。


「新人にもワインを配ったれや」


「コップの数が足らないんですよ」


「救急車のなかに検尿の紙コップがあるからあれ使えや、もちろん未使用やから心配せんでもええ」


「996円!」

もう大合唱である。


向こうのお客さんたちは一体何がおこっているのかホワイトボードの隙間から覗き込む人もいた。


支店長がおもむろに「1000円きっちりの売り指し値はみんなが意識してますので買いがまとまっているうちに998円ぐらいに差しかえしましょう。」

という言葉に「いや1000円で売りと最初から決めていたんや、それでええわ」


「7円!」がついた時いきなりY証券から大口の売り物が出てきたのをきっかけにつぎつぎと各証券会社から売り物が連続して結局その日の終わり値は992円で引けてしまった。


「支店長このワインを持った手はどうしたらええねん」


「惜しかったですね先生、明日もう一度1000円に挑戦すると思いますのでいったん回収して、また明日仕切りなおしですね、それとも前祝いでやってしまいますか?」


「よっしゃ、前祝いでパッといこうや!!」


ワインを全員で飲み干したあと肩を落として救急車に乗りこむ先生の後ろ姿を私は一生忘れないであろう。


その後S製作所が千円をつける事はなかった。

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