第62話 鎌田の爺い 降臨 3

午後1時


「太田はん、株買っといてんか」

「ありがとうございます。あの株の銘柄とかは決まってますか?」

「そんなもん任すわ、要はどんどん景気よー上がる株買っといてんか」

「いえ、あの困ります。銘柄と株数を言っていただかないと買えませんので・・・」

「あんたらプロやろう?毎日株価見とるんやさかい、とにかく一番上がるやつを頼みますわ。必ず儲けさせてくれるんやろな?」

「そんなこと言われても困ります」

「そうか、できへんのか?じゃああんたらいる意味あらへんがな?」


この瞬間から俺と鎌田のじいさんとの過酷な戦いが始まったのであった。鎌田のじいさんはもとは店頭に来た客で女の子の担当であった。


ある日


「太田さんちょっと担当替えお願いできますか?」俺が好きな井崎さんがやってきた。

「ああいいよ、株をやりたい客なの?」

「そうなんです」

「株は初めてなんだね?じゃあコード変更しといて。俺のコードは52番ね」

52というのは俺のコードで女の子からコード変更したら客の口座番号の後ろにこれが必ず付く。


「鎌田さんの職業と特徴は?」俺は顧客の引継ぎなので詳しく聞く。


「はい、大阪市内で飲食業をやっています。あと多分呼吸器の病気を患っています。いつも『ハー』という深い呼吸をしています。

ですからレディーの間では『ダースベイダー』と言うあだ名になっています」


店頭の女の子は「中国ファンド」などの貯蓄モノがメインで株の客は大体俺たちセールスに回すものであるがこの場合は「明らかにちょっとややこしそうな客」ということで俺にお鉢が回ってきた。


店頭の株の客は苦労の割に注文数が小さいので我々セールスは敬遠するものであるが、まあ大好きな井崎さんの頼みだから仕方がない。


「こんにちは!は新しく担当になりました太田と言います」

蒲田のじいさんと名刺を交換して挨拶をする

「太田はん言いまんのか?」

「はいそうです、今後ともよろしくお願いします」

とりあえず笑顔で頭を下げる。

「知ってまんねんで、最初は株屋さんはたんとを儲けさせてくれるんやろ?」

「いえ、株の売買はお客様の判断で常に行ってください」

「せやったらあんたらは何のためにここにおるんや?」

「はい、いい株のアドバイスをするためです」

「せやから絶対上がるいい株のアドバイスをしておくんなはれ」

「はい、絶対とは申しませんが。今ですと東京ガスがいいと思いますよ」

「もし最初に買って株価が下がったら引き取ってくれるんやろな」

「はー・・・」

こっちがダースベイダーになるところであった。


これが俺と蒲田のじいさんとの最初の出会いであった。


「もうわかったさかい、あんた信用するから年間20%くらいで回してくれるか?面倒くさいから売り買いは全部お任せしますわ」

「あの・・・それは売買一任勘定と言いまして法律で禁止されているんです」


「わかった、わかった。じゃあ東京ガスを買うわ。今なんぼしとるんや」

「はい、ありがとうございます。今1250円です、このままこのあたりの値段で指示なく買うのを『成り行き買い』と言いますまた安い値段をさすの『指値買い』と言います」


「わしは安い方がええなー。ほな800円で買いの指値しといてくれるか?もっと下がええかな?」


「あのー800円とかは値段が下過ぎて指せないのです。相場では『ストップ安』という最大限下がった場合の値段設定があってこれより下は指せないんですが・・・ちなみに今日のストップ安は1050円です」


「つまりわしの800円の買い注文は出せへんというわけか?」

「今説明した通り『ストップ安』の1050円以上であれば指値は出せますし、成行買いで行くならいつでもオッケーです」

「難儀やなーほな成り行き買いにしとってや」

「わかりました。東京ガス1000株成り行きの海ですね。注文ありがとうございます」


俺はデスクに戻ってコンピューターに銘柄と成行買いの指示を入力して2-3分待った。成り行き買いなのですぐに売買が成立した。


「鎌田さん買値が出ましたよ1270円で1000株が買えています」

「ほー、さよか、今はどうなってる?」

「買った後、高いところが1290円まであって現在1220円ですちょっと押して(下がって)います」

「ほなさっき買った高いのと今の値段のと交換しといてや」

「いえ、そういうことはちょっとできないんです・・・」

「なんでや?50円下がったということは買っていきなり5万円も損したちゅうこっちゃな」

「こればかりは相場なんで仕方ありません。終わってからまた考えましょう」

「神よ!大引の値段がどうかじいさんの買値の1270円以上でありますように・・・」俺は祈った。


3時になった

爺さんはまだ店頭に座っている株価ボードを見ながら東京ガスの値段を注目している。

俺も祈るような気持ちで株価ボードを見た。終値が1280円だ!買値よりわずかではあるが10円上だ!これでじいさんもちょっとは気持ちよくしてもらえるだろう。


「鎌田さん良かったですね。東京ガス1280円で引けましたよ!買値よりも10円プラスで終わりました」

「何言うてまんねん?売買手数料を引いたらまだマイナスですがな」

「はー・・・」

いらん知識だけよー知ってるわ・・・


これから一体どうなることやら

ユ・ウ・ウ・ツ



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