第110話 女帝 尾上縫 2
我々証券マンが毎日のように群がっていた尾上縫とはこんな人物である。
俺は尾上とはあくまでも「ガマのお告げ」を何回か聞きに行っただけの関係で詳しい話は先輩たちから聞いたことを書く。
そもそも尾上縫は奈良女子大卒と学歴詐称していた。
奈良女子大は東京の御茶ノ水大学と並び称される女子大の最高峰である。
そもそも俺の印象は「このババアは本当に奈良女子大卒なのか?」であった。
帆船を「ほせん」、傘下を「かさか」と言ったり、行動の随所に「幼稚さ」が垣間見えたからである。
ガマのお告げを大黒様の名前をつけた店「大黒屋」でやったり、高野山詣でをしたり「ミーさま」と言って蛇を信仰したり・・・宗教に疎い俺でも「節操の無さ」を感じていた。
また当初の「競馬予想」はともかく、株に関しては上がる銘柄を選ぶというよりは単純に全員に買わせて「上げさせる」という行為にしか映らかった。
まあ、それはいい。
俺の課長が言うには、最初バブルの時代が始まる前、尾上は料亭「恵川」の客らに対してガマのお告げによって株式相場の上昇や競馬の勝ち馬などを見事に言い当てるとして評判となったらしい。
かなりの高確率だったそうだ。
株式占いにはガマガエルの石像を使い、ガマのお告げと称していた。
バブル景気前夜の頃までは、神がかり状態の尾上が「上がるぞよー」とか「まだ早いぞよー」とか答えていた。
課長いわく、尾上は「北浜の女帝」と呼ばれる前のあだ名は「ミナミの婆あ」であったそうである。
えらい違いだ。
だから俺たちが尾上詣でから支店に帰って来たら課長は「婆あ、今日はなんの銘柄言ってた?」とか「婆あ、元気だったか?」とリスペクトのない一言であった。
しかし有名人になる前の尾上は上記のように大阪金融人にとっては「愛されキャラ」だったような気がする。
多くの証券マンや銀行マンらが毎日のように尾上に群がるようになり、特に日曜の夜に集まる会合を「縫の会」と呼ばれた。
この「縫の会」では多くの証券マンや銀行マンたちが尾上と一緒に高野山参りや小豆島旅行などに同行して親睦を深めていった。
特に日本興業銀行と三和銀行系列とは他の金融機関と一線を画す深い付き合いとなった。
一説によると縫は史上稀に見る「名器」の持ち主であったらしく銀行との深い仲になったのもこの「枕営業」の賜物であるとか。
もしその話が本当ならば間違いなく史上最高値の「名器」となる。
※
尾上は次第に人に銘柄を勧めるだけでなく、料亭を担保にして銀行から多額の融資を受けて株式の売買を行うようになった。
バブル絶頂期の1988年(昭和63年)には、2270億円を金融機関から借り入れ、400億円近い定期預金を持っていた。
また、日本興業銀行の割引金融債ワリコーを288億円購入し、毎年55億円の金利を受け取っていた。
同時期に興銀はワリコーや同行への預金を担保に尾上に融資を始めるが、これは銀行にとっては焦げ付きのリスクが全くない旨味のある取引で、行内では「マル担融資」と呼ばれていた。
これは金を借りてる尾上から見ると「逆ザヤ」で全く旨味のない取り引きである。
しかし敢えてこの「旨味のない取り引き」をやってあげることにより尾上は銀行に多大な「貸し」を築いていった。
加えて金融の自由化により銀行間の競争が激しくなり、融資先の開拓に苦慮していた興銀は、個人顧客の資産管理を総合的に手伝う「プライベートバンキング」といった中小企業や個人との取引に力を入れており、尾上に対して融資付きの不動産投資も勧めるようになる。
もしもバブルが弾けずに永遠に株価と不動産価格が上昇していたらさらに桁違いの融資が実行されていたであろう。
しかし、バブル景気に陰りが見えるとたちまち運用が悪化して負債が増加するようになった。
89年の延べ累計額では借入が1兆1975億円、返済が6821億円で、270億円の利息を支払った。
90年末には、2650億円の金融資産を保有していたが、負債も7271億円に膨み、借入金の金利負担はなんと1日あたり1億7173万円にも上っていた。
毎朝歯を磨くたびに1億7173万円を支払うことになる。
巨額詐欺事件
相場か下がり金利負担に堪え兼ねた尾上はかねてから親交のあった三和銀行系列の東洋信用金庫支店長らに架空の預金証書を作成させ、それを別の金融機関に持ち込み、担保として差し入れていた株券や金融債と入れ替え、それらを取り戻すなどの手口で犯行を重ねた。
銀行が「偽造預金証書」などを作成して詐欺に加担したらもう誰にも見抜くことはできない。
1991年8月初旬に尾上は東洋信金の架空証書の件を興銀の担当者にだけ打ち明け、興銀は自行の債権33億円を売りぬけて回収、やがて証書偽造が発覚し、尾上は1991年(平成3年)8月13日に詐欺罪で逮捕された。
7億円の保釈金を用意し、1992年3月に保釈。
同年6月、大阪地裁で破産宣告。
この時点で尾上はノンバンクを含めて金融機関からの借入金総額は、のべ2兆7736億円、支払額はのべ2兆3060億円に達しており、拘置所で破産手続きを行った際の負債総額は4300億円で、個人としては日本で史上最高額となった。
尾上一個人によって東洋信金は破綻してしまい興銀内を含めて多数の銀行マンの逮捕者を出して社会問題となった事件に日本中が驚愕したのであった。
次回はなぜこのように2兆円もの融資が可能だったかを俺の拙い経験から解説する。
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