第105話 証券マンの副業 2
アムウェイ
この頃バブル時代の日本ではアムウェイが流行っていた。
「ネットワーク販売」と言うそうであるが当時はニュースキンや他の企業は無くアムウェイ一社のみであった。
そういう意味ではアムウェイはネットワークビジネスの草分け的な存在であったのだ。
彼らは「ネズミ講」とは言わないようにしろ、と言ってたがどう見てもあれはネズミ講である。
その話はさておき、ある日俺の大学時代の先輩が「アムウェイに参加しないか?」と誘ってきた。
証券マンを商売に誘うとは非常にいいセンスをしている。
体育会系の先輩の命令は「絶対」である。
俺は先輩の命令に従い日曜の夜に先輩の家に行った。
アムウェイの概要は話には聞いてたのでとりあえずその先輩の家に行くとまさに「ホーム・パーティー形式」をとった販売を実践している現場であった。
そこで集まった若者たちにアムウェイの鍋やら包丁やらを作って料理を作り、使いやすさや効能を説明して販売する作戦だ。
まぁ、何かトレンディドラマから出てきたような若い姉ちゃん達を10人くらい家に集めては鍋や包丁、台所周り用品を使ってパスタや焼き肉を作り「お食事パーティ」と称して販売していた。
「はーい◯◯ちゃん、なんとかセットご購入ー!はい、みんな拍手ー!」
「パチパチパチパチ」
「はーい、購入記念にワインを一気に飲んでくださいー」
なんて三文芝居のようなことをやってたかだか2-3万円の商品を購入させていた。
俺は正直「あの硬派だった先輩が・・・」とあまりの変わりようにガッカリした。
見たくなかった。
先輩が言うにはネットワークビジネスとは、人を集めて実践して良い商品を知人を通じて売っていく。
販売したらマージンが蓄積されていき、なおかつ与えられたノルマ以上が達成できたら「子ネズミ」からの売り上げもそのマージンに加算されるらしい。
要するに自分が紹介した「子ネズミ」また子供が紹介した「孫ネズミ」、孫が紹介した「曾孫ネズミ」それぞれの販売実績に基づいて上がってくるコミッションの総和が入りいい副業となるのである。
このシステムを称して「ネズミ講」と言うのであるが彼らはそう呼ばれるのを極端に嫌っていた。
「ネズミ講」は「ネズミ講」だろうが!
俺は先輩の要望なので何の気なしに「いいよっ」て言うことでサインをして鍋やら洗剤やらを買ってあげた。
ポケットにはさきほど麻雀で勝ったいくばくの金があったから安いモノだ。
しかしこの「買う行為」がこいつらの「仲間になる」と言う意思表示だったらしい。
要は俺は購入サインをした瞬間に先輩の「子ネズミ」となった、知らない間にだ。
当然仲間となったことに知らない俺はそれ以降鍋やら洗剤の販売等は一切しなかった。
というかそんなヒマがない。
まあ、向こうにとっては当分は「働かない子ネズミ」として映っていたのであろう。
しかし何ヶ月か過ぎてのある月末になると先輩がやってきて「これこれの鍋を10セット、この包丁20セット。これこれをいくら」
と言うふうにノルマめいたことを言うようになってきた。
ノルマの権化である証券マンに対してこんなバカみたいな細かい金額のノルマを課して
「何とか月内に売れないかなぁ・・・」
と揉み手で言ってる。
威厳のない先輩を見て正直寂しかった。
詳しく聞くと鍋釜全部ひっくるめても100万円にも満たないような細かい金額であった。
俺は先輩の目の前でその月に1番株で儲かった客に電話して
「社長今月3000万円儲かったので記念に台所用品買っときましょう。奥さん、きっと喜びますよ」
「そうか、任せるわ」
の一言で全セット買ってもらった。
おそらく何世帯分の鍋やら釜やら台所周りセットが社長宅に届いたはずである。
もちろん買わせた社長からも何の苦情もない。
あまり乗り気でなかったのであるが、先輩が毎月真剣に頼んでくるので俺は適当にその月に儲かった客に電話しては同じようなトークで鍋釜を買わしていた。
こんなもの何でもない作業である。
「あるがとうな。カミさんから感謝されたよ」
なんて褒められる始末。
最後の方ではめんどくさいから「社長、儲かった金で鍋やらを買っときましたよ」
と事後報告だった。
でなんだかんだ言って知らない間に俺は「ネズミ講」の中では非常に良いポジションに上り詰めたらしい。
それはそうだろう。毎月法外なノルマを片手間にこなしていたから。
俺は「エメラルド」か「プラチナ」か忘れたけれども宝石の名前がついたなんかけっこうなポジションにいつの間にかなっていたらしい。
全く興味なかったが「よく働く子ネズミ」を持った先輩も当然何とかといういい地位になっていたので羽振りがいいし常に俺には低姿勢である。
そう言えば、先輩ベンツを買ったとか言ってたなあ。
ある日俺が「ダイヤモンド」かなんかになったときに会員全員が集まって表彰式があるらしかった。
なんか、俺を表彰するらしい。
しかし俺は「めんどくさいから行かない」と言った。
実際ゴルフの予定が入っていたからだ。
すると先輩は
「何を馬鹿なこと言ってるんだよ!みんなこのポジションに憧れて頑張って表彰台に立つこと夢見てるんだ!お前はそれを簡単に無視するのか?」
おいおい、「お前にとっては重要な表彰式か何か知らないが俺にとってはどうでもいいことなんだ」
と価値観の違いを感じて結局表彰式典は参加しなかった。
なんか後から聞くとダイヤモンドになって表彰式に参加しなかったのは俺だけらしい。
俺はこいつらが何が嫌かと言うとあの組織に参加している連中の甘い考え方である。
ネットワーク販売ってのは聞こえはいいが要は友人知人に頼み込んで鍋釜を買ってもらうと言う「押し付け商売」である。
「先輩や友人の頼みなら仕方がないなあ」という気持ちを利用してである。
何が言いたいかと言うと、紹介と言うのは必ず「下に向かう」のである。
無理を言いやすく、断りにくい後輩や知人に頼むだけのことである。
紹介が下に向かうということは、例えばアメリカ大統領からスタートしたとしても10段階目には乞食まで行ってしまう。
俺たち証券マンの日常業務は常に紹介など頼らずに自分で開拓した「怖い人に、怖い物を売る」
商売をしてるからそのショボい心意気が寂しく思えたのである。
まぁしかし、イヤイヤやったアムウェイでそこそこ小遣いになったのも事実であるが・・・
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