第78話 法人攻略作戦 1

新入社員セールス方法


午後3時


「ふあー!やっと後場も終わった。今日はいい天気だから営業日よりだな!外回りしてきます!」


「そうだな、締め切りモノもないから俺も営業に行ってこよう!」


証券マンは時間が余った時は必ず営業に出かける。


ここでは新入社員の法人客の開拓方法を説明する。


前日したように証券マンは1日100件のノルマで名刺を配る。

後日、その中で見込み客を ABCD の4ランクに分ける


A もうひと押しで顧客になれる


B あと10回ぐらい行かなければ顧客にならない


C 別の方法(例えば営業課長や支店長を連れて行く)を考えないと落ちない。


D 他の証券会社とすでに付き合いがあって望みがない。しかしどうせ、よその証券会社とは必ず「一悶着」あるからキープ。


大体この営業に行こうという場合は B の「もうすぐ落ちそうな客」に集中して攻撃しに行くのである。


ここからの攻略方法はその証券マンによって様々なやり方があり、ここだけは個人の秘術の部分なので門外不出。


例えるとラーメン屋で言う「秘伝のタレ」である。

当然秘伝なので誰にも教えないというところである。


だいたい証券マンの目標は余剰資金がある法人の開拓であった。


なぜ余剰資金がある法人がいいのかと言うと「法人の資産運用」というのが当時流行っていたのでそのニーズに合わせて何千万円、何億円の株を買わせることができるのである。


個人の客は売り買いの株数が何千株単位なので手数料収入が少ないことが多い。


1000株買わすのも10万株買わすのも同じ時間、同じ説明をして買わすからどうせなら1000株よりは10万株のほうがコスト・パフォーマンスがいいという勝手な理由。


証券会社には税引き後の利益が1千万円以上の会社の法人リストがあって証券マンに配っていた。

いわゆる「優良見込み客リスト」である。


このリストに従って営業マンは攻撃をかけるのであるが当然大きい企業であればあるほどその攻略は難易度が増してくる。


例えば大きなビルディングで屋上に「○○株式会社」というでかい看板がかかっていて一階に綺麗な受付嬢が座ってるような企業をイメージしてほしい。


本当にこのビルの前に立って見上げると要塞か城のように見える。


まずはこの難攻不落の受付嬢をいかに突破するかである。


当然その会社には1日に何百ものセールスマンが来るわけであるから彼女たちに我々の撃退方法はすでに教えられているはずである。


そこをいかに掻い潜ってラスボスのいる社長室までたどり着くかと言う単純なゲームである。


先ほど述べたように証券マンによってこの受付嬢攻略作戦はいろいろある。


ちょっと下に例を述べる


1 「花束攻撃」俺の知り合いで毎回バラを持って行き「バラの花言葉は愛だ」とかぬかしやがって受付嬢を口説いてた奴がいた。


2 映画や歌劇のチケットを持って行ってこれをプレゼントする。

いわゆる「物量作戦」である。

もちろんその金は全部経費で落ちるからポケットマネーから出すことはない。


3 ただ単にナンパの延長と考えて「綺麗ね」とか「可愛いね」とか本当の恋人のように口説き落とす作戦。


4 自分の顔を画用紙くらいの大きさにコピーして裏面に拡大した名刺を貼り付けて持っていくやつ。「ビックリ作戦」


とまあ、おおまかに贈り物作戦と愛情作戦、努力作戦の3つに分けられると思う。


いずれも「将を射んと欲すればまず馬を射よ」作戦に変わりない。


俺の場合はもっぱら門外不出の「百人一首作戦」を利用した。


ちなみに俺は百人一首が得意で中学の時は全校で優勝したほどの実力の持ち主である。


40年経った今でも80首くらいは覚えている。


ます受付のお姉さんに名刺を渡して「社長お願いします」と元気よくいう。


「アポイントはおありですか?」と必ず答えてくる。


ここでひるんではいけない、想定内である。


「今、ここでアポイントを取りたいんですが」と切り返す。


「そういうやり方はちょっと・・・弊社では社長と会う時は必ず事前にアポイントが必要です」と必ず切り返してくる。

よく教育されている。

しかしこれも想定内。


そこで「わかりました!」と名刺を出して名刺の裏に百人一首の一句をさらさらっとお姉さんの目の前で書く。


「これやこの、行くも帰るも別れては、知るも知らぬも逢坂の関」

など、思いついたのを適当に一句書く。


「社長に伝えてください。この名刺が100枚たまったら会ってくれるように」


と受付嬢に「百人一首入り名刺」を差し出して颯爽と帰っていく。


次の日もまた来て同じように別の句を書く。


経験上、だいたい20句ほど書いたらほとんどの社長は「おもしろい奴だ」と会ってくれた。


こうして受付嬢を突破して社長室内に入ったら遠慮も常識もない「超攻撃型証券マン」の独壇場である、もうこちらのものである。


この辺りのことは次回に書きたいと思う。




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