第79話 法人攻略作戦 2
社長室内に入ったらもうこっちのものである。
まずは女子社員がお茶を2つ持ってやってくる。軽くお礼と挨拶をして社長室内に一人きりになる。
この瞬間こそが我々の出番である。
おそらく今から1、 2分の間に社長が入ってくるだろう。
その間に社長室を隅から隅まで凝視する。
そしてその社長の趣味や考え方、広く言えば人生感そのものを読み取るのである。
いつもはふざけたような証券マンであるがこの瞬間だけはレーダー全開である。
レーダーの対象物となるのは壁にかかってある掛け軸であったり絵画、本棚に並べてある本などである。
そのほか将棋盤とか囲碁盤、ゴルフバック、置いてある新聞や四季報。
こういったもの全てを総合して一緒に判断するのが技だ。
そしておもむろに社長が入ってくる。
「社長、はじめまして!○○証券の太田です」と名刺を渡す。
大体否定的な意見を言われる。
「何とか証券でなあ昔損したんだ」
「○○証券はあまり評判良くないよ」
などと後ろ向きの話が出ることが多い。
最初から「いらつしやい、よく来たなぁ」と言われることまずない。
しかしそこはひるむことなく
「社長、お忙しいところお時間取らせて申し訳ありません。5分だけ私にください!」と言い切る。
すると向こうは
「あー、俺はこの男の話を5分間聞くだけでいいんだな」
と地図を書かせる。
さあ、そしてその言い切った5分が大事である。
商売の話はせずに(本当はしたいのだが)早速先程のレーダーで確認した内容を質問する。
俺の場合は本棚の中に海軍関係の本(例えばミッドウェイ海戦とかガダルカナル戦記)とかの本があればもう勝ちである。
俺は海軍の歴史がプロ並みに詳しい。
であるから
「社長このミッドウェー海戦の本は何ですか?さっきから気になってました」
「お前たち若いもんに言ってもわからんだろうが、私は昔は駆逐艦高波に乗ったんだ。ミッドウェイでは赤城の護衛をやっていた」
と顔を綻ばせながら昔話を語る。
「駆逐艦高波と言えばたしか○○艦長でしたよね。確か操艦がうまいことで引き抜かれた艦長でしたよね」
と言うオタク話をする。
すると「なんでそんなことを、お前が知ってるんだ?」
と言うから
「はい、私は海軍に興味があります。特に兵学校での教育に関心があります。今日はその勉強をさせてもらいに行きました!」
と言い切る。
もちろん商売の話は一切しない。
そして時計を見て5分たったらきっちり帰る用意をする。
しかし、だいたい海軍の話に持ちこんだら向こうが勝手に30分くらい語る。
問題なのは次である。
必ず次につながる口実を必ず約束して帰る。
例えばこの場合であれば
「社長、すいませんがあの本をお借りできませんか。必ず次回返しにきます」
などとやる。
何もネタがない場合はわざと折り畳み傘を社長室に忘れていって電話して次回取りに行く。
しかも念入りに黒い傘の内側には白いペンキで大きく「〇〇証券太田」と名前を書いておく。
そして次の日にでもまた取りに行く。
このようにして一旦出会った相手は必ず懐に入れる鍛練をしていたのである。
いかに他社の証券マンと比べて「面白い奴」と思われるかどうかがポイントである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます