第101話 顧客の金言 4

午後2時半


「小林社長もういい加減、東急電鉄投げて(売って)次の新しい銘柄買いましょう」


「そうか・・・太田君はこの銘柄はもう上がらないと思ってるんだな」


「そうです、もうナンピン買いをすでに5回やってますけど一向に微動だにしません。ここらで気持ちを切り替えて別の銘柄にいきましょう」


「わかった、じゃあさらに東急電鉄を買い増ししよう」


「え?まだナンピン行くんですか?」


「そうだ。君たち証券マンがもうここでおしまいだと思ってるからな。さらに追加で5万株買い増ししよう」


「はい、わかりました。じゃあナンピンで5万株買っときます」



俺の顧客の中に日に焼けたマッチョな小林社長という人がいる。


打ち出の小槌のような腕をしている。


彼は塗料の会社を経営していた。


性格は非常に頑固で一筋縄でいかないお客で支店内でも有名であった。


どういう風に頑固かと言うと、俺が「買ってください」って言えば反対に空売りするし、逆に「売りましょう」って言ったら上記のように買い増しをする性格の人である。


つまり超、天邪鬼。


彼の持論は「人と同じことやっていたら決して儲からない」であった。


つまり腹立たしいことに「証券会社の言うことと逆のことをやっていれば勝つ」と言う理論である。


まあ正論ではあるが。



よく飲みに連れて行ってもらった時に彼はこういう話をしてくれた。


「太田君、質問な。君が車を運転してるときに人が突然飛び出してきたらどういう行動をとる?」


「それはもちろん、事故を回避するために急ブレーキをかけます」


「そうだな、それが普通だな。でも株の場合はそれをやったらいけないんだ。危ないと思った時にはアクセルを目一杯吹かす気持ちでないと勝てないんだ」


「そんなことしたら大事故につながるじゃないですか?」


「車の運転の場合はな。しかし株の場合は人と同じ判断したらダメだと言ってるんだ」


「はあ、そんなもんですか?」


「そうだ。しかも危険な時にアクセルを踏み込みむ時はショボい顔っなく笑顔で思いっきり踏まなければならない」


「そんなことが可能なんですか?」


「心の鍛練次第だな」


「鍛練ですか・・・」


「自分が今一番したくないことをあえてフルスロットルでしかも笑顔でやる!これが株に勝つための真理だ」


「ほえー」

次元が違う話に反応できない太田君。


「難しいとは思うけど、とにかく人と同じことやってたら必ず負け組に入る。これは人生でも会社経営でも同じだ。今はわからなくてもいいからよく覚えておけ」


「わかりました」


「本当にわかるか?」


「なんとなくですが」


悔しいことに、このように小林社長は我ら証券マンの意志に反して売り買いして、いつも株のパフォーマンスは非常に良かった。


逆に言えばそれだけ我々の指示が常に逆をついていたと言うことになる。


これは今でも大いに反省している恥ずかしい事実である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る