第102話 「損をさせてくれ」と言う客



「太田君、頼みがあるのだが。20日間で1000万円ほど損させてくれないか?」


「えー?先生株で損がしたいんですか?」


「そうだ。今年は個人所得が多く発生したから株で損して相殺して税務申告をしたいんだ」


「しかし20日間で1000万円ですか・・・時間がないから難しいですね」


「何を言ってるんだ。いつものようにやればいいだろうが!毎回相場を外してばっかりしてるんだから得意分野だろうが!」


「はいわかりました。がんばります」


「それと今評価が損の株はすべて売っておいてくれ」


太田君は「いつもの通りにやればいいだろう」と言う言葉に引っかかりつつも先生の指令どおり下がる銘柄探しを始めることにになった。



3月も終わりを迎えると個人客で「損をさせてくれ」と言う客が出てくる。


当時、個人客は証券会社に口座を作る際に「源泉分離課税」と「総合課税」と言う2つの方法で株の売買に対して税金を払う制度があった。


株の売買で利益が出た場合はこの2通りの方法によって税金を払うのであるが総合課税に関しては損した場合にも使い道があった。


お医者さんなどの自営業の方はほとんど後者の「総合課税」をとっていた。


総合と言う名の通り本業で得た給料と株で損した分を合算して税務申告するのである。


それと無理矢理、今損してる株を損を確定させるための「損出しクロス」と言うのもやった。


これなにかというと例えば過去に一万株、1000円で買った新日鉄が値下がりしていたとし現在800円になっていたとしよう。


現在の評価損は200万円である。


強制的に200万円の損を出しつつ同じ株数を現在価格の800円で買うのである。


まぁ単純に自分が新日鉄1万株売って自分が新日鉄1万株を買うことである。


これを証券用語で「クロス」と言う。


単純に「投げる」と言う行為と同じであるが、同じ銘柄を同じ株数もう一回買うのであるから「取得価格を下げる」と言う意味合いがある。


税務申告のこの時期になるとこの種の「売り」がかなり入ってきたので相場全体はやはり下り基調になっていた。


しかし逆に言えば3月のこの時期は新たに株を買おうとする人にとっては格好の買い場ではあった。



10日後

太田君が勧めた銘柄は最初は「調子よく?」損が出ていたが最終的に買い戻しが入り値上がりしてしまった。


「なんでこんな時に限って利益が出るんだ?いつものようにやれと言っただろうが!」


「はあ、すいません・・・」


太田君は利益になったのにもかかわらず顧客に大激怒される始末。


とほほ

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