第100話 顧客の金言 3

午後6時

有名ホテルのラウンジにて


「太田君、人生は10億円や。意味わかるかあ?」


「わかりません」


だんだん青山社長が名調子になってきた。

青山社長は地元大阪で一代で築き上げて急成長していた不動産会社のオーナーである。


この日は青山社長の会社での設立何周年のパーティーに呼ばれていた。

先ほどから社長と二人でお酒をご一緒させていただいる。


「いいか、人間の人生っていうのは50億円も100億円も必要ないんや、つまり10億円がゴールなんや。この意味わかるか?」


「はあ、なんとなくですが・・・」


「いや、君達証券マンは全然わかってるようでわかっていない。ちょうどいい機会だから教えてあげるわ。例えば私の友達の池田さん知ってるな?」


「はい、もちろんです。ご紹介していただきましたから。」


「池田さんの資産は20億円やな?私は知っての通り今10億円持ってる。このことは知ってるな?」


「毎日残高は確認していますからよく知ってます」


「では、聞くがこの2人の差はいくらや?」


「20億円− 10億円ですから10億円です」


「そうやな。ほなこのあたりにいる乞食の所持金はいくらや?」


「多分、ゼロですね」


「そしたら私とその乞食の所持金の差は?」


「これも先程と同じく同じく10億円です」


「そやろ、両方同じ10億円の差や。しかし池田さんと私は知ってるように着てる服はほぼ同じ、乗ってる車も同じ、住んでる家も同じレベル、今日の晩飯も同じようなもんを食べているはずや」


「そうですね」


「しかし私と乞食では着てるものは違う、車は違う、家は無い、今日の晩飯は下手したら向こうさんは無いかもしれん」


「そうですね。言われてみれば・・・」


「人間はなんぼ金を持ってても1日3食しか食べれない、服も昔の12単衣みたいにたくさん着れない」


「はい、そうですね。わかりやすいですね」


「そうやろ、例えば人間が溺れて死ぬには1万メートルの日本海溝まで行く必要はないんや。たかだか2メートルのプールがあったら人間は溺れる。これとおんなじや」


「言われてみればそうですね」


「だから人間の人生のゴールは10億円!これ以上はいくら頑張っても一緒なんや。つまり10億円以上は単なるマネーゲームなんや」


この社長はかねてからこの主張を力説していて、言うだけではなく10億円溜まるとさっさと不動産事業を人に譲ってオーストラリアに移住していった。


そしてこの後に例のバブル大崩壊が来たのである。


もしあの時に一般の人と同じように爪を伸ばして10億を100億にしようと思っていたら完全にバブル崩壊の落と穴にハマっていたであろう。


やはり株は「止め時が大事」だということがよくわかった。

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