第60話 鎌田の爺い 降臨 1
午前11時
「おーい、そこの女の子、預金通帳いつになったらくれるんや」
「はい、鎌田さん。今渡した預り証が通帳の代わりなんですよ」
「証券会社って通帳がないんか?ほな今の残高わからへんやないか?」
「はい、この後ご自宅の方に定期的に報告書が届きますので、それには残高が正確に記載されています」
「さよかー、不便でんなー」
今では支店の有名人になった鎌田の爺さんも初々しい初心者時代があった。
最初は店頭のお客さんで女の子の担当だった。
蒲田のじいさんは70代後半で大阪市内の各地にレストランや喫茶店のオーナーをやっている。
彼は呼吸器官が悪いらしく、話す前に必ず「ハー」と深く長い深呼吸をする。
この鎌田さんのあだ名は初日に決まった。
「ダースベーダー」であった。
とにかく証券会社の取引は我が社が初めてらしく最初に来店した時からの有名人であった。
その理由は何でも大声をあげて、わけのわからない無理難題を押し付けては周囲を驚かし続けたからである。
なにせガラガラ声で何かにつけて大声で叫ぶものだから一瞬「何事か?」と周囲の興味を一身に集めていた。
しかし、その大声のおかげで彼の顧客としての成長の様子が遠くからでも手に取るようにわかったのである。
「なるほど客はそんなことも知らないんだなぁ」とか
「あ、これは我々にとっては常識だが客から見ればそうじゃないんだ」
と証券マン同士が顔を見合わせてよく笑いあったものである。
意外と彼を通じて一番勉強していたのは我々証券マンであったかもしれない。
いきなり彼は来店初日に「口座開くから預金しとって」と言って100円玉を持ってきた。
「あの、銀行と違って預金はないんですよ。100円の入金は出来ますがそれは預り金処理といって利息はつきません」
「えー、預金っておまへんのか?ここは?」
「ええ、あくまでも預り金です。これは株の代金とかに充当します」
「金利のつくものはないんかな」
女子社員と爺いのやり取りを横で聞いていて笑ってしまったのは証券会社と銀行を完全に勘違いしていたことである。
そして何かにつけ「ホーホー」とフクロウみたいに感心して聞いている割には全く何も理解していなかった。
おまけに初日に印鑑と身分証明書を持ってきていなかった。
「そんなんめんどくさいもん、いりまんのかと」屈託のない笑顔。
いやはやこの人が本人の所望するように後々株式を取引できるようになる日が来るのであろうか。
先が思いやられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます