第113話 勇者 谷田融資課長 2
何度も言うが谷田課長の何が凄いかと言うと、我々証券マンの誇る「糞度胸」をはるかに凌駕すると言うところである。
しかも言っては悪いが我々の対極にいる超保守的である決して綱渡りをしない「あの銀行マン」がである。
最初谷田課長は俺の顧客の株券の預かり証を担保で1000万円単位で融資を実行していた。
前にも言ったが担保性の無い紙切れに対して笑顔でお金を貸してくれた。
もうすでにこれだけでも常軌を逸した「異常な行為」である。
預かり証で借りた金でさらに株を買い、当然我々は手数料のノルマがあるためにそれを長く持たさないので2ヶ月以内には必ず利食いをさせていた。
当時はバブル時期であるから極端な話を言うとどの銘柄を買っても2ヵ月もあれば1割から2割の売却利益が出た。
すなわち仮に1000万円を借りるとしたら2ヶ月以内には1200万円となり元金が帰ってきて、なおかつ収益分は定期預金にできる。
銀行にとってはリスクはあるが非常に美味しいサイクルの出来上がりだ。
近江商人の言う「三方よし」だ。
このことによっておそらくであるが、谷田課長は彼の所属する地銀内では当時営業成績は抜群だった事は間違いない。
何千万単位の融資はガンガン実行するは、回収は早いは、定期預金はこなすはでおそらくは行内では走攻守すべて揃った「敏腕バンカー」の名を欲しいままにしたであろう。
なんか銀行内のアワードの「頭取賞」なるものを何度も受賞していたと聞く。
当然だ。
俺もまた株の売買のノルマが達成できたし顧客も利益が出たので商売の鉄則「三方全てよし」の蜜月時代が続いていたのだ。
今回ここで書くのはさらに谷田課長の肝っ玉の太さを暴露する。
谷田課長、もしこれを読んでいたらごめんなさい。
いいですか、もう全部書きますよ。
これははっきりって「常軌を逸している」と言われた我々証券マンをはるかに凌駕している。
ウルトラ・バブルを象徴している出来事を話したい。
俺は本当は書きたくないがもう時効だから書いてもいいだろう。
それでは書きます。
俺と谷田課長はよくネオン街に飲みに行っていた。
お互い酒豪だった。
その酒の席でのことである。
銀行内での優秀な成績によって谷田課長はどうやら次長に昇進するらしい。
いいことだ。
しかし、いいことばかりでもない。
次長になると「ノルマが今までの倍になる」と言ってきた。
すなわち、なんとかして今までの取引の倍の融資をしたいと申し出てきたのである。
谷田
「聞くところによると証券会社は預かり証の再発行をする制度があると聞くが本当か?」
俺
「はい、顧客が預かり証を紛失した際は実印と印鑑証明があれば再発行ができます」
谷田
「手続きは簡単か?」
俺
「はい簡単です」
谷田
「じゃあ早速明日からやろう」
この人はとにかく反応が早い。
翌日俺は顧客にこの「大作戦」を説明して預かり証再発行手続きをした。
「本当にあの堅い銀行でそんなことが可能なのか?」
と思わぬ奇策に顧客も大喜びであった。
再発行手続きの際に、総務部長から「どのような経緯で顧客は預かり証を紛失したのか?」ということを長々と説明しなければならないと言うめんどくさいプロセスはあったものの3日目にはめでたく再発行された預かり証が出てきた。
俺はその再発行された預かり証を持って課長の待つ銀行へ行き、通常通りの融資を受け新たな株を買うことができた。
しかしこの取引を続けるとどうしても不都合が発生するようになった。
谷田課長担当のお客さんはどうも「預かり証をよく紛失する客」と言うことで俺の証券会社の方から要注意と言う指令が出たのである。
いわゆる本店の内部監査(怪しい取引がないかどうか調べること)に引っかかったのである。
それはそうである、毎回発行した預かり証を紛失して実印と印鑑証明書を持って再発行するのであるからこれを何回もやると子供でもおかしいと感じるはずである。
俺は証券会社から同じ顧客で何回も預かり証の再発行ができないと言う旨を伝えると、谷田課長は「うーん、いい作戦だと思ってたんだがなあ」と思案顔。
俺
「預かり証のコピーでいいなら助かりますが・・・」
谷田
「ナイス!じゃあ、もうコピーでいいよ」と軽く言ってきた。
俺
「え?マジ?」
さすがは勇者である。
即答だった。
あろうことか預かり証自体が何の担保能力もないのにさらに「そのコピーでいい」と言ってきたのである。
これは何を意味するかと言うとコピー機で1000万円台の札を印刷してるのと何ら変わりないことになった。
この勇者は行くとこまで行くつもりだ。
俺は確信した。
続く
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