第114話 勇者 谷田融資課長 3

谷田課長が勇者になることを決めたのは、以下の理由がある。


株価が上昇してる限りにおいてはどんどん融資の営業成績と定期預金のノルマも達成できるので彼にとっては「一石二鳥」であったからその誘惑には逆らえなかったからである。


これはお互い過酷なノルマ漬であった俺もすんなり理解する。


問題は次のステージであった。

谷田課長の蛮勇はとどまるところを知らなかった。


これもあまりにも書きたくはないことではあるが、勇者はチマチマ何千万円単位の融資は飽きたのであろう。


ある日の飲み屋で「ゴルフ会員権」の話を持ち出してきた。


勇者

「太田さん、顧客でゴルフ会員権をお持ちの方はいますか?」


太田

「そんなもん、ほとんどの客が持ってますよ。しかも1人で5、6箇所持っている人もいます」


勇者

「よし、決めた!作戦を説明します」



結論から言えば、なんと勇者は最終的に「ゴルフの会員権」のコピーで金を貸してくれた。


コピーです。


この本を読んでいる読者はゴルフの会員権というものの現物を見たことがあるだろうか?


俺は実物を見たことがあるが、名門コースであればあるほど歴史が古いので、本当にわら半紙みたいな粗末なものに「当コースの誰々の所有を証明する」みたいな簡単な文が書いてあるだけのしょぼい書類である。


本券がこのようにしょぼい書類にもかかわらず勇者は「そのしよぼいコピーで金を貸す」と言ってきたのである。


勇者の背中に眩しい後光が見えた。


当時俺の顧客が所有していた兵庫県の名門ゴルフ会員権価格はこれまたバブルで軽く1億円を超えていた。

中には3億を超える会員権まであった。


勇者はサラッと「その八掛の金額をコピーで貸そう」と言うのであるから大胆不敵この上ない。


おそらくサッカーのワールドカップのような「蛮勇大会」なるものがもしあったら谷田課長は間違いなく金メダルだ。


もうこうなると、さすがに豪快で鳴る俺たち証券マンも谷田課長の前においては「借りてきた猫状態」であった。


しかしこちらも法外なノルマがかかっているので、谷田課長の豪快な性格に甘えて「おんぶに抱っこ」させていただいた。


はっきり言う!


この豪快な銀行マンと豪快な証券マンの組み合わせによって日本中の株券や債券、ゴルフ会員権や銀行預金証書の「コピー」で大金の融資が実行されたのである。


極論すれば金を製造する造幣局が銀行の支店数だけ存在したのである。


さすがに金額では尾上縫ほどではないがおそらくどこでもこの基本構造は同じだったと思う。


いかがでしょうか?これが銀行と証券会社が組んでやった「バブルの実態」である。


余談ではあるが、なんで俺が証券会社に就職を決めたかと言うと実は俺の父親が菱の字がつく都銀の銀行マンだったからである。


どこの家庭でも男の子と言うものはとかく父親に対して内面にライバル意識を持つものだ。


俺は大学卒業後、証券会社に就職して親父の属する銀行業界に対して堂々と宣戦布告をしたつもりであったが、何の事は無いお互いがタッグを組んで悪事を働いていたと言うなんとも情けない話である。


尾上縫が詐欺罪の実刑を食って73歳の時12年間の懲役を言い渡される時に彼女が言った言葉を思い出す。


「なんで銀行さんにあれだけ、たんと儲けさせてあげたのに私がブタ箱に入らなあかんのやろか?」


彼女を応援する気はサラサラないが、気持ちだけはよくわかる。


はー、何か全てを言い切ってすっきりした気持ちだ。


あ、あくまでも全て時効ですから勘弁してください。

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