第112話 勇者 谷田融資課長 1

大阪・京阪沿線にあった名前が「漢数字」の地銀の融資担当課長、谷田さんと言う大豪傑がいた。


俺が付き合った銀行マンの中で最高の豪傑であった。


どれぐらい豪傑かと言うと我々証券マンもびっくりするような「くそ度胸」の持ち主だったのである。


まあ前述の尾上の関与した銀行マンとは遥かに桁が違うが彼の「くそ度胸」は間違いなく日本代表クラスである。


証券業界にスカウトしたいくらいだ。


もちろん当時の銀行も我々証券会社と同じように過酷な融資のノルマが毎月あったはずである。


俺も結構さまざまな銀行マンと付きあいがあったが、谷田課長の融資実行における速さとくそ度胸は他の銀行の融資担当者とは比べ物にならなかった。


吉野家ではないが

「早い」

「安い」(あ、貸付金利ね)

「でたらめ」

の三拍子が揃っていた。


実際にこれから述べる俺が経験した彼のやり口から、先程の尾上縫がいかにして2兆円を銀行から借りれたかが想像できるであろう。


その前に基本的なルールを説明する。

まあ準備体操だ。



まず株券や債券そのものは有価証券なので担保としての価値がある。


金と同じと思っていい。


例えば1億円分の株券を銀行に持っていけば八掛の8000万円が無審査で融資されるという仕組みである。


変動が少なくもっと安心な債券なら九掛けの9000万円が融資される。


しかし多くの投資家は株券や債券そのものを証券会社に預けていて、その代わりに証券会社の発行する「預かり証」と言うものをもらいキープしていた。


この預かり証には赤い字で「質入れ禁止」と言う文句がちゃんと書いてあって、これは「担保になりませんよ」と言う意味である。


それはそうである「預かり証」なんて証券会社が発行した「ただの紙切れ」であるから、担保性など全くないので万が一にもお堅い銀行は紙切れを担保にして金を貸すはずがない。


しかしである、この谷田課長だけはこの預かり証を株券と全く同じような扱いをしてくれてバンバン気前よく金を貸してくれた勇者だったのである。


預かり証を持っていくだけで無審査で一週間以内に融資をしてくれた。


しかもここだけの話であるが、この預かり証と言うものを、もし投資家が紛失した場合には印鑑証明と実印があれば何度でも再発行ができたのである。


何が言いたいかと言うとこの紙切れのようなものを再発行してそれに対しても谷田課長はバンバン気前よく金を貸してくれた。


本当に良い時代があったのである


当然その借りた金でまた株を買い、その預かり証に対してもまた銀行から借りて次の株を買いと言うふうに「何階建て」でも株を買うことができたのである。


金額は違うが前述の尾上縫も全くこれと同じ方法でやったと思う。


彼女の場合は当初、南の料亭「恵川」の土地を担保で銀行から20億円の融資を受けてマネーゲームがスタートしたと聞く。


この20億円で買った株の預かり証で八掛の16億を借りてまた次の株を買いその預かり証で八掛の12億を借りて何階建にもしていったのだ。


しかし読者は「こんな綱渡りのような危ない芸当をやって大丈夫か」と普通は思うだろう。


大丈夫!


そんな不安な気持ちを一掃するようにバブル当時は株価はどんどん上がっていったから、ここで買ったすべての株が利益が出て何倍にも膨らんでいったのである。


これだけでも常軌を逸したマネーゲームであるが、さらに尾上の場合には株で儲けた金を信用金庫に預けて「預金残高証明書」を出させた。


これはもうまさに異常行為にさらに「ターボがかかった状態」である。


預金残高証明書を何枚も偽造しては他の金融機関に持っていって何十億と言う金額を借りまくった結果があの結末である。


何の価値も無いトイレットペーパーで何億円借りるところを想像していただいてらわかりやすい。


俺は実際、尾上縫とは商売をやったことがないがそのミニバージョンみたいなものは何度か経験したのでカラクリがよくわかる。


とにかく谷田課長さまさまである。


バブルから30年が経ったがこのような信じられない事態がほんとにあったと言うことを理解して欲しい。


谷田課長の勇者ぶりはまだまだ続く。

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