第32話 公衆便所



6月11日  午後2時


支店長の怒号が飛ぶ。


「株もできてない、転換社債もだめ、ワラントはワシの客注だ、なんなんだよこれは?おまえら全員給料ドロボウだ!やめてしまえ!今から手数料の足らない分の玉をひくから営業課長中心にみんなでつめろ!ワシは外出するからな、わかったな!」


「はい!!わかりました、みんながんばろう。」


わたしが、地球上で一番生まれ変わりたくないものは次に出てくる「公衆便所」である。


この支店長と営業課長のやりとりを横で聞きながら、全営業マンの頭の中に浮かんでくる客達の事である。


たいてい「困った時の~社長」とか「まさかのための~先生」とかニックネームがついていることで、その存在の大切さがうかがえる。


今の状態は、もう頼みの支店長が外出するために自分らで仕切り玉を全部消化しなければならないという、史上最悪のシチュエーションである。


よって虎の子の「公衆便所」の登場となる。なぜ「公衆便所」かというと、どんなものでも平気でどんどんぶちこめるからである。


そこには、めんどう臭いワラントの説明もいらないし、為替の説明もいらない相場の説明もいらない、まさに桃源郷のような世界がひろがっているのである。


だいたい「困った時の~社長」とかよばれる人たちに限って悪い人はいない。


どころか、人間的に非常に温厚な人格者ばかりであったと思う。


どんなに遅く電話しても「おう、おそい時間まで熱心やなあワシの若い頃にそっくりや!」とか「証券マンはセブンイレブンというが本当だなあ」とか、とにかく対応がやさしいのである。


まさか自分たちが「公衆便所」と呼ばれているとは知らないので、本当に気の毒でならない。  


もっとましなネーミングを考えてやってもよさそうなものだ。


余談ではあるが支店で年末のパーティや相場説明会などの顧客を呼んでやるイベントの立食会の時、たいていこちらが何も指示しないのに「公衆便所」の客たちは一ヶ所に集まって食事をしていたのを思い出す。


例の「なんとか社長」と「なんとか先生」が中睦まじく歓談して酒を酌み交わしている姿を見ると思わず目頭が熱くなったものである。


何かお互いに目にみえない周波数を出しあっているのであろうか、つねに一固まりになっていた。


まあいずれにせよこの場合の結末としては全部彼らの元に何の連絡もなく、迷惑な株が吸い込まれていってしまってこの日はめでたく帰れる事になる。

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