第36話 逃げだす準備の3時5分



6月20日  午後3時5分


「おい、藤原どこいくんだ?」


「課長ちょっと、小宮社長が今日の報告を聞きたいといってよばれてるんです。」


「だめだ、課で関西電力仕切ってるんだ、オレから社長には電話しとくから、行かなくてもいい!」


「じゃあ自分で電話しますから、結構です。終わってから行くようにします。」


「よし!じゃあ、客に電話して早くつめろ」



かわいそうに藤原君もう一歩で守備よく逃げられたものの・・・


だいたい証券マンは、今日「ヤバイな」と判断すれば即、保全行為すなわち3時の大引けと同時に客先に疎開する準備をする。


客先とはある意味では「聖域」であり、もし本当に客がきてほしいといっているのであれば、いかに営業課長であろうとも手がだせない、つまり治外法権な場所であった。


もっともこの場合のようにウソであれば電話されてしまうと一発でバレてしまうから、瞬間に藤原君のように降参するのである。


まわりの同僚たちの目もなかなかシビアであって、「自分だけうまく逃げだそうったってそうはいくか」てなものである。


なにせ今からつらい儀式が始まるがわかっているだけに生け贄は一人でも多いほうが助かるのである。


同じかまのメシを喰ってるわりに、妙に冷たい構造である。


3時直前に営業カバンにパンフレットやチャートブックを出入しているのはたいていこのパターンをねらっている人間である。


すると、先輩連中が

「何やおまえ発進準備か?」と質問するのである。


「今日はよほどウマくやらんと、発進できへんで」

とアドバイスしてくれる心優しい先輩もいたものだ。


まあ新人は「いてもいなくても、戦力にはならない」という判断である。


筆者の場合は事前に客に連絡をとってSOSを伝えておき、わざと営業課長に電話させて「すぐに行ってこい」と逆に言わしめる高等作戦を常にとっていた。


いつの時代でも頭は使いようである

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