第148話 中本の攻撃
後からわかった事であるが、この中本は関西にある暴力団組織の組長の次男であった。
まあ、ギャンブルと暴力団は付き物だ。
しかし出会った当日の俺はそんなことを全く知らないから、中本を普通のビジネスマンとして対応した。
今から思えば、奴も慣れないカタギのビジネスマンを一生懸命演じていたと言う節が随所にあった。
俺は生粋の金融マンだから
「名刺の渡し方」
「メモの取り方」
「話し方」
「金融の専門用語」
を素早くチェックして「できるビジネスマンかどうか」の判断ができる。
注意してよく見れば奴の誤魔化しを見ぬけたはずであるが、なんといっても田主社長が「信頼ある筋からの紹介だ」と言うことだったので、俺もそれを信じて脇が甘くなってたことは事実だ。
※
「将を射んと欲すればまず馬から攻めよ」と言う言葉がある。
まさに田主社長が将とすれば俺は奴から見れば馬であった。
まあ日頃、我々証券マンが、目的の社長を落とすために受付のお姉さんを口説く戦法を取る事は説明したと思う。
奴も俺に対しては、必要以上に平身低頭の態度を崩さず、常に気に入られようとした。
ここまでは俺たち証券マンと変わりない。
問題はそれ以降の俺に対しての「バラマキ」であった。
繰り返すが、今奴らの手元には1億円の金がある。
その金を使って残り9億円を取るために、馬である俺に取り入るための散財がこの日から始まることになる。
1回目の会議を中華レストランで行ったが、2万くらいの会計は全て奴が支払った。
「今日は顔見せという事でここで失礼します。来週から、大阪の本町に支店を開設しますので。また是非遊びに来てください」
と握手を求めてきた。
「土下座の次は握手か、忙しい奴だな」
俺は思った。
しかも別れ際に奴は、俺にプレゼントを渡してきたのである。
「太田さん、やっぱりできるビジネスマンはいい時計をしなきゃなりませんからね」
と奴は立派な木箱に入った時計を手渡した。
時間厳守の金融マンに対して
「大きなお世話だ」と思ったが俺は
「これは?」
と尋ねた。
「これは今、資産家たちのあいだで人気のロレックスのパーペチュアルといいます。どうぞお納めください」
「あ、ありがとう」
とりあえず貰えるモノは気が変わらないうちに貰っておこう。
しかし
「何がロレックスのパーペチュアルだ。どうせ中国製のパチもんだろうが!」
と俺は心の中で叫んだ。
その後、中本夫妻と別れた俺は箱を抱えて神戸の大丸に行き貴金属店で鑑定してもらった。
10分ほど待たされた後。
白い手袋をはめた店員がゆっくり言った。
「本物のロレックスです」
「マジ?あの、お値段はいかほどで?」
「パーペチュアルのこのタイプは現在希少でして、当店では価格は230万円で販売しています」
とのことであった。
奴の「俺を落とす真剣度」が感じられた瞬間である。
なかなかやるな!中本
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