第91話 喪失!まともな季節感
7月26日午前10時
客先にて
「あれ?山村さん今日はお子さんがいますね。学校は休みですか?」
「太田さん、何言ってるの?」もう小学校はとっくに夏休みに入ってるのよ」
「そうか26日か今日は・・・うっかりしていました」
「投資信託の締め切りしか頭に無いもんで・・・」とはさすがに言えなかった。
よくお客の家に行って昼間にいつも姿を見ないお子さんがいたら「あっ、そうか世間ではもう夏休みなんだな。それでセミが鳴いているのか」とか
クリスマスツリーが部屋に飾ってあれば
「そういえば世間はもうクリスマスなんだ。どうりで寒いはずだ」
とか毎日毎日投資信託や債権券のノルマのことばかりが頭にあるのでまともな季節感がなかったように記憶している。
その代わり証券マン特有の妙な季節感として特筆したいのは「秋の叙勲」である。
つまり自分のお客さんの中で日本国政府から名誉ある勲章をもらう人が今年は出ていないかどうかを新聞紙上でチェックするのである。
そしてもしその叙勲者の中にお客様の名前を見つければ一番に電話してお喜びとお祝いの言葉を述べる。
当然喜びの表現だけをするためだけではない。
そんなに証券マンは甘くない。
「叙勲の記念に何か株を買いましょう!縁起がいいですから」と株の購入を勧める。
相手は政府から勲章を頂いて嬉しいものだから思わず財布の紐が緩むのである。
その甘い気持ちの間隙をついて我々は遠慮なくガンガン攻撃をかける。
「そうだな・・・めでたい叙勲の記念だから何でもいいよ。銘柄も任せるよ」てなものである。
こうなればしめたものであるその時に買った株が2、3回下がっても文句は言われなかった
ところが新聞に誰も叙勲者がいない時には
「今年は客の中に誰も叙勲者がいなかったな。もうちょっと頑張れよ・・・」
などと自分の事は棚に上げて顧客を恨んだものであった。
しかしこれが来ると「ああ今年も秋だなあ・・・」なんて思ったものだ。
全くくだらない季節感である。
あと街中にある本屋で四季報を買う時も妙な季節感があった。
証券マンはあの分厚い四季報を3ヶ月前に買う習慣があったのである。
「また今年も無為に3ヶ月も過ぎたんだなあ・・・俺の人生であと何冊これを買うことになるのだろう・・・」
なんてため息をつきながら無常な時の流れを感じたものだ。
早くまともな人間になりたいと心の中でいつも叫んでいた
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