第46話 経費天国 1



5月25日夜9時


「よし、各課数字を出したら今日は給料日だから早く帰っていいぞ」

「よーし、じゃあ繰り出すか!」

「一課はどこに繰り出すんですか?」

「難波や」

「じゃあうちは新地に行きます、あとでどこかで合流しませんか?」

「よっしゃ」


今の常識からすれば夜9時以降に「早く帰れ」もおかしな話であるが12時以前に帰れれば当時は「充分早く帰れる」範疇にあった。


しかし帰ると言っても家に帰ることはまずない。

毎日顧客と飲みに行っているにもかかわらず給料日だけは「身内」で飲みに行く慣習があった。


10時にまずは高級ステーキ屋で飯を食い、高級スナックへ行ってカラオケを歌い管を巻いて高級クラブへ行き、マージャン屋に行って朝までマージャンを打つというようなコースであったように思う。

しかも翌朝は7時から出勤するにもかかわらず、である。


そしてマージャンの負け以外は全部「経費」で落とす。

顧客と打ち合わせの時はもちろんのこと当時の接待費の予算は莫大な金額であった。


支店内には3つ営業課があったが各課の毎月の接待交際費は1000万円くらいは軽くあったと思う。6人の課員で割っても一人150万〜200万円くらいの計算になる。

月の30日の営業日で割ると1日約5-7万円になる。(あ、当時は土日も休まずに営業してましたから)

元来、証券会社の毎月の必要経費は家賃と人件費と電話代くらいのものである。その収入源である営業マンが働きやすいように接待交際費を多く用意してもあたりまえだろうという発想を全員持っていた。

それはそうであろう我々営業マンは3年目くらいになると一人純益で毎月2500万円くらいを軽く叩き出す。これは売り上げではなく純益である。であるから毎月150万くらい接待費で使っても安いものであるという論法だ。


接待交際費の清算手順は緑色した経費請求伝票なるものに「客先に手土産 10000円」や「客との接待 25000円」と書いて領収書を添えてまず営業課長のはんこをもらう。

営業課長もかつては営業マンであったのでその苦労はわかっているのでほぼ100%目くら印を押す。次に「出納さん」と呼ばれていた事務系女性スタッフの机の上に出せばその日のうちに各自の清算ボックスに封筒に入った現金が支払われる制度だ。非常に機械的かつ明瞭なシステムであった。


だから前述のように顧客との接待でなくとも領収証さえあればなんでもし放題という文化が起こるのもむべなるかなである。


この「領収書さえあれば」という非常におおらかな風土が後に「拡大解釈」されバブルと呼ばれるほどの好景気を世に産んだのであったがそれは次の章に譲る。

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