第133話 会社辞めるぜ!

せっかくだから、俺が証券会社を辞めることを決めたその他の理由を書きたい。


まずは前述のような金をばら撒くような「でたらめな行為」が日本全国で毎晩のように行われていたこと。


ローマ人の中にもライオンに奴隷を戦わせているのを見た時に「これは長続きしないな」と思った人間は何人かいたと思う。


脳裏に「ピコン」と鳴った時に俺は『辞める』と決意した。



2つ目の理由は、俺の客ではないが淀屋橋に「○和工業」という金属商社の会社があった。


この会社は先輩の客でよく「受け渡し」に行かされた客であるが、この会社は財テクとして1000億円の単位で株の売買をやっていた。


ある日俺は受け渡しが終わり、この会社の社員食堂で昼飯を食べていた。


すると食堂の壁には大きな紙が貼ってあり毎月の「営業課が上げた利益」と「経理課が上げた利益」のグラフが書いてあった。



俺が食器を、片付けに行く際にグラフをよく見ると、なんと何千人の営業課が、わずか10人の経理課に利益で負けているのである。


これ見よがしに「経理課が少人数で財テクをやって、これだけ利益を出しているのに営業課はなんだ!」と言っているようなモノである。


まるで「この会社は経理課が喰わしてやっているのだ!」の声が聞こえてきそうであった。


営業の連中はさぞや面白くなかったことであろう。


本業より経理課が儲かる世の中に俺は脳裏にアラート音を聞いた。



3つ目は、この頃から銀行が転換社債を節操もなく発行した社会現象である。


これは金を貸す銀行が証券市場を使って「金を借りる」という異常行為であった。


しかもワンロットが1000億単位で各銀行が一斉に発行したのである。


本来なら株に向かう金がこのくだらない転換社債になって塩漬けになっていった。



4つめは、毎朝支店にヤクルトを売りに来るヤクルトおばさんの存在であった。


これは心理的にでかかった。


ヤクルトおばさんは当時30円のジョアを毎朝売りに来ていて、我々ほとんど社員が買っていた。


ある日俺が聞いた。


「おばさん、それ1本持っていくらの利益なの?」


彼女は言った

「30円ジョアを1本売って、2円が利益ですよ」と言う。


我々の支店ではおそらく、ざっと見ても毎朝50本ぐらい売れていたような気がする。


と言う事は50× 2であるから100円の利益になるわけだ。


おばさんが毎朝顔を出す同じ空間内で、瞬間に何千万円得したり損したりする世界があり、一方で50人に物を売ってわずか100円の利益を取る世界がある。


「汗をかく量と、動く金額の桁があまりにも違う」と言う意味で俺は気が遠くなった。


日本経済はこのヤクルトおばちゃんのようなモノを売る人が何円単位で、こつこつと築き上げた世界であるということを思い知った。


笑顔で働くヤクルトおばさんが輝いて見えたのだ。



最後の理由は、前にも書いたが私の息子が生まれた時の課長の対応であった。


朝出勤した時に「昨日、長男が生まれました!」と俺が報告すると「その話はいいから仕事をしろ」であった。


まるでまともな人間の対応ではない。


以上5つの理由で俺は決めた。


一度決めたら俺は行動が早い!


こうして1990年4月に俺は会社を辞めたのだ。

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