第132話 ローマ時代末期

突然ではあるが、ローマ時代の末期をご存じだろうか?


ローマ市民が裕福になりすぎて、奴隷とライオンを戦わしたり、食べたものをトイレに行って口に指を突っ込んで戻して、また食うったりとか、めちゃくちゃだった時代である。


バブルの絶頂期がまさにこれに酷似していた。

問題は「いつまでこれが続くか」であった。


道路の信号機も青からいきなり赤になる事はない。


必ず黄色の状態があるわけだ。


俺は、これまでさんざん書いてきたように馬鹿な遊びはかなりやったつもりであるが、ある日俺は、この黄色信号が点滅してるのを察知したのである。


今回は一番、「俺が証券会社を辞める引き金となった事件」を書こうと思う。


忘れもしない1990年の1月4日のことである。


俺たちの支店では「富士通ゼネラル」と言う株を昨年末からため込んでいた。


1月4日と言うのは証券業界で特別な日で、大発会(だいほっかい)と呼ばれている。


証券取引所で振袖を着た女性がたくさん現れるのをテレビで見たことがある方も多いと思うが、要するにその1年で最初の取引の日なのである。


このめでたい日に、我々がため込んでいた富士通ゼネラルが「ストップ高」と言って1日に200円上がった時がある。


そして俺の顧客の中で10万株株貯めていた山田社長という客は、その日だけで2000万円儲かったのである。


いいお年玉だ。


電話でその山田社長が言った

「太田くん、今日はめでたいから飲みにいくぞ!預かり金をおろして持ってこい」と俺に指示をした。


「社長、いくらを出金しましょうか?100万円ですか200万円ですか?」と俺は言うと、「今日儲けた分の2000万円持ってこい。どうせ昨日まで無かった金だ」と言った。


そして夕方、俺はいつも行きつけの新地のクラブに山田社長と待ち合わせをした。

鞄の中にはレンガ(1000万円の塊を我々はそう呼んでいた)が2つ入っている。


お正月なので、新地のクラブの姉ちゃん達も全員が振り袖を着てスタンバイしていた。


「みんなよかったな、今日は山田社長は大儲けしたから多分お年玉はずんでもらえるぞ」と俺が言うと20名ほどのホステスがみんな

「本当?」

「キヤー」

と飛び上がって喜んでいたのを覚えている。


そして山田社長がやってくると、「今日は大儲けしたから、全員にお年玉をやろう」と言うことでフロアに100万円をばら撒いてとりあえず宴会は始まった。


必死に床に落ちた一万円札を掻き集める振り袖姿。


ここまではまあいい。

通常運転だ。

お正月だ。


問題は次である。


酒が進むに連れて山田社長はツマミで出てきたたこ焼きを食べていたときのことである。


あろうことか、手元が狂った社長はたこ焼きをコロコロと落として姉ちゃんの振り袖の膝の上に落とした。


もちろん振り袖はマヨネーズとソースだらけになっている。


そしてその姉ちゃんはあろうことか「社長!なんて事をするんですか!この振袖は高かったんですよ」と言った。


「そうか、ちなみにいくらするんだ?」


「200万円です」と彼女は言った。


「わかった。じゃあママ、マヨネーズを持ってきてくれ」と言って山田社長は手渡されたマヨネーズをその姉ちゃんの振袖にかけまくったのである。


全身マヨネーズだらけになった姉ちゃんは当然激怒する。


「えー!ちょっと社長、やめてくださいよ」と彼女は怒るのであるが

「これで新しいのを買え!」と200万円を彼女にポンと手渡したのである。


それを見ていた近くの姉ちゃんたちも一斉に山田社長のところに寄ってきて「社長!私も汚して!」と言い出した。


俺は立場上、「山田社長、さすが豪快ですね!」とおだてたのであるが、心の中では「こんなバカなことがいつまでも続くわけはない」という気持ちで黄色信号が点灯したのである。


脳裏に「ピコン」と警戒音が鳴った。


しかも俺は知っているのだ。

この姉ちゃん達はクラブの向かいにある貸衣装レンタル屋で1日1万円で振袖を借りていることを。

マヨネーズで汚れた振り袖は同額くらいでクリーニングできる。


まさにこの正月がバブル崩壊の分水嶺であった。


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