第3話 恐るべき2時50分

3月6日 

午後2時50分


 「太田いくらだ!」


 「変わってません」


「なんだたったの二十万円か、あと5分で大引けだ、全員で三菱重工を1万株ずつつくれ!いいな!」


「わかりました」



証券会社の3時前の日常会話である。


この意味を説明すれば、「いくら」というのは今日の前後場を通じての株の売買手数料のことである。


「変わってない」というのは30分前に申告した数字と変わってないという事。


つまりその後、株の売買ができてないという事である。


手数料の申告は三十分おきにさせられる。


だいたいその日の東証の株式出来高数の10倍がノルマである。


つまり東証が10億株の出来高であればノルマは100万円である。


証券マンたちは常に出来高をにらんでは、自分が今いくらノルマから不足しているかを考えて商いしている。


ここで問題なのは申告する時に「ゼロです」とは絶対いえないこと。


つまり何も商いできていなくても、例えば「5万です」とか嘘をつかざるを得ないシステムが存在することである。


それが30分おきに来るわけであるから「5万」が30分後には「10万です」になり、「15万」、「20万」で前場が終了。


後場は「25万」からスタートで「30万」、「35万」、「40万」で立ち会いが終了となる。


全くできてなくても、40万と言わせられているのだ。


それが課員6人いれば、合計240万と営業課長はカウントして支店長に報告する。


しかし実数がゼロなどと解ってしまえばそれこそ何を言われるかわからないので、全員が必死になって数字作りを始める時間がこの2時50分である。


数字を作る方法は二通りあって、値段が入るか入らないか際どい「指し値注文」の客に電話して、「成り行き注文」に変えてもらう方法。


相手が不在の時は、場合によってはかまわずにやってしまう豪気な営業マンをよく知っている。


2つめは、まかされ客に銘柄は関係なく不足している手数料分の株数を計算して無許可で買って(売って)しまう方法。  


これは虎の子を出動させる作戦なのでよほど緊急の時以外あまり使われない。


いずれにせよ3時前に「株の注文を成り行きにしましょう」という電話はみなこの類いであると考えてほしい。

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