第175話 現金強盗事件 4

俺は単純に

「後は刑事が喫茶店に現地調査に行ってくれたら事が済む」

と思っていた。


なぜならその喫茶店はよくサボりに行ってたから常連だったからである。


アリバイ成立だ。


当然、懇意なマスターは俺が熱心に「北斗の拳」を読んでいたことを多分説明してくれるであろう。


その時も、最高位であるファルコンが名前も無いような修羅に「片足で伝承できる拳法など笑止」というセリフについて「どう考えてもこれはないよな」、「そうでだな、暴力のインフレだな」と熱く語ったところだった。


何でも会話はしておくべきだ。

俺は松田が正直に言ってくれたことで、ある意味「勝ち」を確信していた。


しかし事態は刑事のこの一言で急変した。


刑事

「あの太田さん、実はもう1人女性社員が犯行現場を目撃してるんですよ」


「え、うちの女性社員がですか?誰ですか?」


刑事

「佐々木という社員です」


「ミディの佐々木さんが?」


ミディとはレディさんのお年を召した方だ。

まあ生命保険のおばちゃんをイメージしていただいたら間違いない。


刑事

「佐々木さんは、支店に帰る途中に田村さんが襲われる現場を見ています。しかも服装や背格好が太田さんに似ていたとのことです」


「えー!?」

急にドツペンゲルガーという言葉を思い出した。

実は俺は2人いるのではないのか?


さらに刑事からの質問は続き、取り調べが終わったのは終電前であった。


カツ丼は結局出なかった。


帰る際に課長が

「太田、今日は災難だったな。俺はお前を信じているからな。警察の盗難証明書が出れば盗まれた金は保険でおりるそうだから心配するな。まあ、今日は帰ってゆっくり休んでくれ」


「ありがとうございます。とにかく仕事はサボりましたが、俺は強盗をやってません」


課長

「それは、今までの素行でわかっているから安心しろ」

入社以来、初めて人間らしい優しい言葉を課長からもらった。


俺は錯乱した頭で帰途についた。


しかし、この帰る道中でまたおかしな事があった。


当時俺は、大阪地下鉄中央線の「深江橋」という駅の近くに住んでいた。


車内で今日の一日を振り返ってボーっとしていたのか、一つ手前の「緑橋」という駅で間違って降りてしまった。


「しまった、降りる駅を間違えた」


俺は降りた瞬間に気がついて、慌てて車内に駆け込んだのであるが、俺と全く同じように一旦降りて慌てて車内に乗り込む奴がいた。


タイミングよく俺と同じように降りる駅を間違ったとは思えない。


俺は刑事の尾行というのを初めて経験した。

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