第176話 現金強盗事件 5

余談であるが、当時の我々証券マンがもし「その気」になれば以下の手順で強盗などしなくても簡単に金が手に入った。(今のシステムはどうか知らないが)


1 まずは顧客の株を勝手に売る。

(自分が担当している顧客の資産はン十億円あったのでこの金額以内がターゲット)

2 売却後、4日目には出金可能となる。

3 出金伝票を書く。

(1000万円を超える現金出金は1日前にあらかじめ経理に言う必要があった)

4 現金を経理から受け取り、客先に行かずそのまま姿をくらましてドロン。

おしまい。


だから3000万円などは、わざわざリスクを犯して強奪しなくても楽勝だったのだ。

さらに銀行振り込みをしてはいけない、いわゆる「Bの金」があったから多額の現金出金は日常茶飯事であった。

このあたりの感覚は刑事にはない。


さて翌日


会社に向かう俺の足取りは鉛のように重かった。

昨日の支店内の疑惑の目線を思い出したからである。


「あの雰囲気の中で今まで通り、陽気に仕事ができるのだろうか?」

やはり気が重い。


出勤した途端に、入り口でいきなり田村さんに出会った。

今までは同期の友人関係で接してきたが、こうなったら話は別だ。

抗議しよう!


「田村さん、昨日はひどいじゃないですか!よりによって俺が犯人に似ていたなんて証言して!」


田村

「太田君、すまん!本当に背格好や服装が太田君に似ていたから正直に言っただけなんだ。ミディの佐々木さんも見ていてくれて同じ証言してくれたから助かった」


「何言ってるんですか!俺は全然助かってないです。おかげで昨日から刑事や支店内のみんなからは犯人扱いですよ!」


田村

「すまん、悪気はない!この通りだ!」

合掌して謝る。


「・・・」


こいつと話しても拉致があかないと思った俺は、不毛な会話を止めてカウンターを通りすぎて自分の席についた。


課長を始め、松田以外の全社員の冷たい目が俺に注がれた。


「針のムシロ」

という言葉が頭に浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る