第66話 馴れ合い労働組合



午後7時

業務終了後、支店会議室にて管理職以外全員集合


まずは支店に配属されている組合員からの説明が始まった。

「えー、皆さんお疲れ様です。今日は本社から組合委員長の小坂さんが見えています。

皆さん日頃から会社や業務に不満に思ってることがあったら今日がいい機会ですからどんどん意見を出してください。

活発な意見交換を期待していますのでよろしくお願いします。

それでは組合委員長どうぞ!」


椅子から立ち上がって風体がネズミ男によく似た小阪とかいうやつが挨拶する。


「こんばんは、初めまして。東京本社から来ました労働組合委員長の小坂です。

皆さんのなかで日頃、この支店内の不満や業務の環境改善を意見する方はいませんか。

どんな些細なことでも結構です。

今日は支店の管理職はこの中にはいませんので全く気兼ねなく思っていることをどんどん発表してください」


一度沈黙


「何もないんですか?何も意見がないということはいい支店なんですねここは?」


一度沈黙


「あのー、少しいいですか委員長?」


ゆっくりと手を挙げて新人の藤原君が立ち上がった。


おもむろに立ち上がった藤原の姿を見て全員が「ハッ」とした表情で注目する。


「はい!君は確か今年配属の藤原君だったっけ・・・どうぞ活発な意見をお願いします!」


「はい、はっきり言いますが帰りの時間をもう少し早くしていただきたいです。できればその日のうちに帰りたいのですが・・・」


全員沈黙であるが内心は「よく言った藤原!」と考えているのが手に取るようにわかる。


「ええ!その日のうちって12時のことかな?この支店は帰宅時間が彼の言うようにそんなに遅いんですか?」


当たり前だ、夜中の1時、2時はザラである。

しかし一同沈黙


「でも、さっき見せていただいた皆さんの残業表にはそんなこと書いてないですよ、遅くても9時あたりまでの残業と理解しましたが・・・」


くそねずみ男は自分も営業マン時代があるのでそんな実態はよく知っているくせにとぼけたことを言う。


「はあ・・・そうなんです。でも実際は12時を超えることがざらにあります。残業表には規定の時間しか記入してはいけないと課長に言われています。これって労働基準法に違反してるんじゃないですか」


「よく言った藤原!次の麻雀は手加減してやる!」全員そう思った。


「それは大変だ!本当にそんなことをしてるのかね?この支店は?それではこの意見に同調する人は手を上げてください」


ここでもまたもや下を向いて一度沈黙。

誰も手を上げない。


「すまん、藤原。次の麻雀は必ず手加減してやるから!」全員そう思った。


「あれれ!藤原君誰も手をあげないよ?」


一同を見回すねずみ男


「ちょっと、君。疲れすぎじゃないかな?同じ支店内にキミと同じ意見の人はいないよ。わかった、今晩突っ込んでその話をよく聞くからちょっと後で私と付き合ってください。

はい、後の方たち。他に何もなければここで解散します」


半年に1回くらいの割合で本社から組合員委員長なるものが各支店を巡航する。


これは表向きは組合員(社員)の苦情陳情や社内体制の批判を聞くためであるが実際は事前にそのようなことを言いそうな不穏分子に接触して巧妙に説得し彼らを洗脳することを目的としていた。


このやり方がまた実に巧妙で事前に不穏分子を特定しておいて(誰が密告するのだろう)夜のネオン街に飲みに連れて行かれるのである。


そこで「さあ、ボトルを君の名前でキープしておいたから仕事に疲れたらたまにはここに来て飲みに来るといいよ」なんて反吐がでるような親切ごかしをやるのである。


しかもそれも全部会社の経費である。


この組合委員長は本当にろくでもないやつであった。


まるで動物に例えるとコウモリのように管理職と一般善良市民であるヒラ証券マンとの間をちょこまかしやがる。


双方の意見の調整役をやるのが主任務であるはずなのに過酷な労働環境の改善を要求するヒラ社員を病気扱いにして筋が全く通っていない。

さらに特定した不穏分子を支店管理職に報告する始末である。


一度「不穏分子認定」をされれば将来の人事評価に影響されるのでヒラ社員は思っていても本当のことを言えない。


この場合も不穏分子の藤原君をうまく飲み屋に誘い上手な口調で口説きごまかして本社には「全く異常なし」と報告するのであった。


このような輩が徘徊するのは同じ社員として見てて寂しいものがあった。


しかし悔しいかな「ねずみ男」はその後ぐんぐん出世街道を歩むのであった。

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