第120話 オール おごり
究極の遊びをここに披露する。
これなんかも多分信じてはいただけないと思うが当時は珍しいことではなかった。
よくバブル時代にOLや女子大生あたりが「昨日居酒屋に行ったら全然知らない人からメンバー全員ご馳走になった」という話をするのをよく聞いた。
今回話すことは彼女たちに「ご馳走する側」の風景である。
証券マンは時々支店でため込んだ銘柄が暴騰したときや得意のお客さんが株で大儲けした時などを縁起を担いで「パーッ」と飲みに行く習慣があった。
これは感覚で言うとゴルフでホールインワンを取った人間が「御祝儀」と称して周りの人たちにパーティなどに呼んて散財する気持ちと似ている。
今までにも散々「パーッ」と飲みに行くところは書いたつもりであるがこれから言う「パーッと飲みに行く」のはまた一味違う。
何が違うかと言うと普通の気持ちで行くのではなく貯めた銘柄が暴騰してるものであるから、天にも昇る気持ちで飲みに行くのである。
この場合は全員がおおらかな気持ちになっているので自分たちが飲んでいる飲み屋で「オールおごり」と言うのをやる。
「オールおごり」とは文字通りその店にいる全くのアカの他人の客全員に無差別におごることである。
大体居酒屋なんかで仮に全員におごっても20-30万円程度の話である。
この程度の金で自分たちを含め店にいる参加者全員が気持ちよくなるのであれば安いものだという理屈だ。
これが発令されたらおもむろに店員を呼んで「おい、『今日は気分がいいから客全員におごる』と全員に伝えろ」と命令する。
するとビックリした店員は「マジですか?」と言いつつ各テーブルを回って「あちらのお客さんがおごると言ってますので」と順次伝えていく。
すると「えーほんと?」とか「マジで?ありがとう!」、「ラッキー」などと店員から聞いた客は全員笑顔でこちらのテーブルに手を振ってくれる。
こちらも笑顔で親指を立ててそれに答えてやる。
中には「えー、ほんとにまじなんですか?じゃぁ今から電話で友達呼んでもいいですか?」なんて言うチャッカリした奴も出てくる始末。
俺たちは「いいよいいよ、気にせずにどんど呼べ」と言って景気よく振る舞ってやる。
先程冒頭に書いた女子大生が「昨日おごってもらった」っていう裏舞台はこういう状況なのであった。
すべての客は自分たちの飲み食いが終わったら伝票を俺たちのテーブルに持ってきて「ご馳走さまでした」と言ってペコリと頭を下げて帰っていく。
非常にシンプルなシステムである。
しかし一回だけこの作戦がうまくいかないことがあったのである。
驚きである。
ある日我々がいつものように「よーし、今日は全員おごりだ!」と宣言して店員がそれをお客に伝えると「お客様あちらのテーブルの方だけは辞退したいと言ってます」と言ってきたのである。
「なんだと?タダメシを断る奴がこの世の中にいるのか?」と俺たちは思ったが興味があったので「一体どういう客なんだ」と聞いた。
すると店員はあちらのお客さんたちは外資系の生命保険の方達ですと答えた。
その答えを聞いてまたまた興味が湧いてきたので俺はすぐに名刺交換をしに行った。
名刺交換のあと、なんでも彼らが言うには「自分たちも今日、億単位の大きな契約が一件決まったので逆に全員におごりたい気分なんだ。だから辞退したんで別に悪気はない」と言うことを言ってきた。
さらに詳しく聞くとなんでも「法人型 掛け捨て保険」というコミッションが一番多いやつが決まったらしい。
それを聞いて俺は「じゃあこうしましょうよ。この店は我々の証券会社が持ちますで、あとの二次会は御社が全部持つと言うことでいかがですか」と言うと。
「いいですねそれで。お互いビジネスの成功をお祝いしましょう」ということで話がまとまった。
今では信じられないかもしれないが、このようにバブル時代の夜はジャブジャブのお金でただ飯にありつける人がたくさんいたのであった。
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