第30話 驚異のマイデイーラー
6月7日 午後4時
「どうした?藤原。真剣な顔して」
「ああ先輩、いけると思って買った若築建設、全然上がらんのですわ」
「そんな事しょっちゅうやないか」
「ええ、でもこれはマイデイーラーで買った分ですから、痛いんですわ」
「アホやな、自分の株の時はもっと慎重によう考えてからやらんかい」
「先輩、取り返しの何かいい銘柄ないですか?」
マイデイーラーというのは、もう、うすうすお分りであろうと思うが、証券マンの自分の口座のことである。
証券マンにも二とおりのタイプがいて、客には後先考えずにいろんな株をはめこむクセに自分の口座には中国ファンドしか買ってないやつと、ほほえましいのが全く客にすすめる株と一緒の銘柄を買ってるやつ。
だいたい同じ支店の人間の口座番号はよく知っているので、コンピューターでその番号をたたくとすぐに誰だれは何を買っているのかが分かってしまうのだ。
よくみんなでヒマな時には見て笑ったのが支店長の口座と営業課長の口座である、けっこう数少ない楽しみの一つであった。
人には
「やれ投資信託買わせろ」「さっさと株にしてしまえ」
といっている張本人の口座に中国ファンドがン千万あったりすると他の社員を呼んでみんなで指差して大笑いしたものである。
マイデイーラーの制限として、証券マンは一度買ったら、三ヵ月間は売れないという点である。
つまり、買った次の日によしんば急騰してもジッと指をくわえてながめているだけで売れない。
だから仕手ッポイ銘柄はなかなかやらない。
仕手株をやる場合は証券会社に勤めていない友人の名義で口座を作り、印鑑も預かって、頻繁に売ったり買ったりする。
これを「準マイデイーラー」と呼ぶ。
やけに真剣にボードを見ていきなり大声で
「よっしゃあ、ミドリ十字!60円!!」
とか叫んでいる手合いはだいたいこのパターンである。
いいかげんなもので、客が何百万も何千万も大損してもシレッと
「大丈夫ですよまた取り返したらいいじゃないですか、今度はこの株いきましょうよ」と言ってた同じ人間が自分の事になるとシュンとしてやたら元気がない。
ちょっとは人の身になれよと言いたい。
一番許せない奴の話をしよう。
これは言語道断である。
こいつは、自分のまかされ客の名前で上がりそうなワラントを朝しこむ。
それが、引けにかけて下がっていたら、そのままにしておく。
しかし一旦上がってきだすと、利が乗った段階でコード変更をして自分の準マイデーラーにいれてしまうのだ。
つまりこの口座に入っている銘柄は絶対損をしない(どころかすでに利が乗っている)銘柄ばかりが集中している。
このような不正が行なわれていないかどうかのチェックが、前出の支店監査である。
つまり「儲かりすぎている」おかしな口座がないかどうかを調べるのである。
案の定こいつのこの口座は、チェックが入りえんえんと事情徴取が行なわれたのである。
そののち彼が支店内で市民権を得る事はなかった・・・・
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