第5話 反対売買の生け贄は誰?

3月7日  午後2時


「先輩あかん!やってしもた!」


「なんや!どないしたんや!」


「新日鉄1万株の売り買いチョンボやってしもた」


「そらあかんぞ、あと一時間しかないぞ。売りを買ったんか?買いを売ったんか?」


「本来売るところをを買ってしまいました」


「そしたらまだましや、新しい新日鉄の買い手を捜して、元の注文は今すぐに売っとけ!」



証券会社の株の発注は、現在ほとんどがコンピューターで行なう。


発注業務は特に大切なので、「必ず確認キー」を2回押すシステムである。


しかし電話を二、三本かかえて、値段が変わる株価ボードを見ながら、別の伝票を書きながら発注すればさしもの証券マンでも間違いは起こるもの。


今の場合、客の「新日鉄1万株、売り注文」を市場にまちがって「買い」で出してしまったパターン。


当然売りたい1万株が売れずに、余分な1万株が買えてしまったわけだ。


偶然同じ銘柄を同じ株数買いたい客がいれば万万歳であるが、そんな事は地球上ではめったに起こりえない事である。


すぐさま別の買い手をさがす必要性が生じる。


そんな時に登場するのが前項のいわゆる「まかされ客」である。


何を売り買いしても文句を言われない。


「任され客」は本当に涙が出るほど有り難い存在である。


ご本人は家でのんびりテレビでも見ている間に、自動的に「新日鉄1万株のオーナー」になるのである。


これは問題ではない。


問題なのは逆に間違って「買い」を「売った」場合である。


本来「買う」ところを「売った」わけだから、誰にでもはめられるものではない。


つまりこの場合「新日鉄」を1万株以上持っている客にしか登場する資格はない。


なおかつ素直に売ってくれるかどうかの問題が残る。


そこで活躍するのが、コンピューターの「銘柄別顧客リスト」なるものである。


新日鉄のコード番号が5401であるから、この番号をコンピュータにいれると、支店内の新日鉄を持っている顧客がズラズラと出てくる仕組み。


その中から「任され客」っぽい顧客を選んで電話をかける手順となる。


もっともそんな客だから電話もしないでハメてしまうかも・・・

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