第168話 縁起担ぎ 岡田課長

証券マンは何かにつけて「縁起担ぎ」をするものである。


俺も時々、高校野球で「社長、故郷の高校が優勝したから記念に株買いましょう」なんてよくやっていた。


客もまた喜んで買ってくれていた。


それはそうだ、いつも不確定なものを売っている不確定な人間たちである。


日常で「何かいいこと」があったらすぐにそれを拠り所にして商売につなげるのはわからないでもない。


俺の所属する支店では岡田課長と言う「縁起担ぎの亡者」がいた。


その行為は半分宗教じみていた。


彼は大阪・江坂にある16階建てのマンションの8階に住んでいた。


エレベーターは2基ある。


だいたい普通エレベーターというものは使う人の利便性を考えてデフォルトは1階か16階に止まってるものだ。


これが朝の出勤時間にエレベーターが自分の住む8階できっちり止まっていたら「今日は神の啓示を受けた」とか言ってやたら朝の仕切りをやりまくるのである。


はなはだ迷惑な話である。


仕切りとは前にも書いたが「今日上がるだろう」と適当に予測した株を500,000株とか朝1番で大量に買う行為のことである。


意のままに上がれば文句なし、下がれば「ダマ転して顧客にはめ込む」と言う地獄絵図の話は前回したと思う。


黙々と仕切りをこなす我々は「くそ、なんで8階で止まるんだよ」と関係ないエレベーターを呪ったものである。



ましてや、2基あるエレベーターの両方が8階に止まっていた日などは「今朝ゾロ目が出た。今日は間違いない!」ともう盲目的に株を買いまくる。


いい加減にして欲しい。


最終的には課で分担して「毎朝、誰かが課長のマンションに行ってエレベーターを操作しようか?」という話も出たくらいだ。


しかし後でわかるのだが、こいつの「縁起担ぎ」はエレベーターだけではなかったのだ?


こいつは車で出勤しているのだが「今朝うちの会社のコード番号の車を前に見た!これは間違いなく神が囁いている」とか言う。


東京市場に上場している会社にはすべて4桁の番号が割り当てられている。

これをコード番号という。


例えば

大成建設 1801

東京電力 9501

NTT 9402

などである。


うちの証券会社は860○というのが銘柄コードだったのであるが、その番号がたまたま前を走る車のナンバープレートと同じだったわけだ。


この日岡田課長は狂喜した。


また性懲りもなく、その日は株を買いまくるのである。


当然そんな何の関係もないことで買いまくった株が上がるはずは決してない。


やつが買った株は全部課員の我々が下を見ながら黙々とはめ込むことになるのである。

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