第31話 天秤

『『勝ったーッ‼』』


「やったでござるな‼」



 この任務のボス 〔りゅうシーバン〕 の死を見届け、アキラは全力で叫んだ。現実のほうの体が防音マスクをつけていなかったら外に響いて母親に怒られているところだ。


 魔龍は強かった。


 ドラゴンという最強の幻想生物の 〔格〕 を存分に感じさせてくれた。だからこそ 〔簡単に勝ってしまった〕 と拍子抜けすることなく、強敵を打倒できたことに充実した達成感を覚えている。



 チカッ──フワッ!



 アキラの胸の勾玉が光り、体が浮かびあがってしんすいおうまる機内亜空間コクピットから放りだされる──降りる入力もしていないのに。ボスを倒したことで自動でシーンが進行しだしたのだろう。


 アキラが大空洞の地面に降りたつとすいおうまるの姿は光を残して消え、その光がアキラのもとに集まってきてしんけんすいおうまるに変じ、背中の鞘に納まった。


 横ではレティスカーレットしんおうまるから降りてしんけんおうまるを回収している。アルアルフレートもまとっていた白銀シルバー龍衣スーツアルジンツァンが赤光となり、収束して元の赤色結晶・礲碯カーバンクルに戻ったところだった。



「やったね、レティ、アルさ──」


 ワァァァァァァァァッ‼



 アキラの声はいきなり上がった大歓声にかきけされた。声の主たちは、この大空洞にアキラたちが入ってきたのと同じ所から現われた、ふもとの村のドワーフたちだった。


 この任務ミッション──魔龍退治の依頼者であり。


 この大空洞を含む坑道の、本来の住民。


 彼らはアキラたちの前に整列。


 村長の老年男性が頭を下げた。



「ありがとうございます、傭兵の皆様! よくぞ魔龍めを倒してくださいました。これで元の生活を取りもどすことができます」


‼ ありがとうございます ‼



 村長の言葉に続いた他一同の合唱が大空洞にこだまする。助けたいと思った人たちを助けられ、面と向かってお礼を言われる。アキラは胸がじ~んとした──


 が。



「え。この人たち、アタシたちが魔龍と戦ってるあいだ大空洞のすぐ外まで来てたっての? アタシたちを尾行して?」



 レティは別のことに気を取られていた。


 アルがレティにひそひそと耳打ちする。



「これは時短演出でござる……! 拙者らが魔龍討伐を報告するのに歩いて村まで戻るのはダルいでござるし、瞬間移動するのも不自然でござろう?」


「だから向こうから来てくれたんですか? アタシたちが魔龍を倒すタイミングに──あ、そうか。勝ったから 〔来てたこと〕 になったのであって、負けてたら来てなかったんですね」


「左様──」



「それでは、こちらがお礼のきんでございます」


「……あ、拙者か! 失礼、しかと頂戴いたす」



 レティとひそひそ話をしていたところに村長から金貨袋を差しだされ、アルは慌てて受けとった。


 この任務ミッションの成功報酬として支払われたゲーム内通貨 《リング》、そのデータは自動的にパーティー全員に分配される仕組みだが、演出上はパーティーリーダーに手渡される決まりらしい。


 PCプレイヤーキャラクター同士の小集団 《パーティー》 ではメンバーに番号を振り 〔生きている中で最も数字が小さい者〕 がリーダーとなる。



➊オルジフ

➋アルフレート

➌アキラ

➍スカーレット



 アキラたちはそのように番号を振っていたので初めはオルがリーダーだったが、魔龍との戦闘中に死亡したため、現在はアルがリーダーだ。


 村長はそこにふれた。



「我らのために戦ってくださり、亡くなられたお仲間にも、改めて感謝を。そして、心よりご冥福をお祈りさせていただきます」


「痛みいる。奴もヴァルハラで喜んでおろう」


「「……」」



 アキラはレティと顔を見合わせた。PCの死は一時的なもの、オルも今ごろ 〔始まりの町〕 で蘇生してピンピンしているはずだが、それは言わぬが花か。



「それでは、手前どもはこれにて」


「うむ。お疲れさまでござった」


「失礼いたします──みなの衆!」



 最後に深く一礼した村長は、顔を上げると厳かな雰囲気から一変、パンパンと手を叩きながら声を張りあげた。



「作業開始‼」


‼ オーッ ‼



 他のドワーフたちが一斉に駆けだし──周囲に無数に生えている巨大クリスタルの何本かに複数人で取りつき、なにやら道具を打ちつけだした。カンカン騒がしい作業音にムードが吹きとぶ。



「「え、なに⁉」」


「彼らは鉱夫──鉱石を採掘して生計を立てている人々で、この山はその鉱石が取れる鉱山、ここまで通った道はそのために掘られた坑道でござるゆえ……」


「それは分かってます! じゃなくて、ここ﹅﹅も掘っちゃうんですか? こんな大きなクリスタルを割っちゃうのもったいないし……キレイな景観が台無しになっちゃう‼」



 レティは宝石が好きらしい。


 アキラも宝石を含め石が好きなので気持ちは分かった。


 入口からここまでの坑道の壁にもクリスタルは生えていたが、柱のように巨大なここのものと違って小さかった。宝石の結晶は大きいほど価値が高くなる、割るなんてもったいない。


 それに値段のことがなくても、常識外れに巨大なクリスタルなどという、いかにもファンタジーでロマンあふれる存在を割ってしまうのは、なんとも切ない。



(そういや魔龍も──)



 アキラは魔龍が戦闘前にオルと話していた内容をぼんやり思いだした。魔龍がここに住みつきドワーフたちを追いだしたのは、彼らがこの景色を破壊するのを防ぐためだった。


 この景色を守っていた。


 それを自分たちが──



「確かに観光資源とする道もござろう。だが、彼らは鉱物資源とする道を選んだのでござる。巨大クリスタルから薄い結晶片を切りだし窓ガラスの代用品として売る、という」


「魔龍はそれを汚い金儲けって……でも、違うんですよね?」


「レティ殿、この手のことに正解はない。景観を守るべきか、ドワーフたちの判断を尊重すべきか。レティ殿の思ったままを否定する必要はないのでござる」


「でもアタシ、どっちかなんて選べない……アキラは?」



 話を振られ、アキラは深呼吸した。



「ボクはこれでよかったと思うよ。まぁ、この巨大クリスタルが壊されて景色が荒れちゃうのは嫌だけど……それでも」


「それでも?」


「この任務ミッションはドワーフのRPロールプレイをしてるオルさんが 〔同胞〕 の危機を救うため受けたものだ。ボクもこの人たちを助けたいと思った。優先順位をつけるなら、それが果たされることが一番かな」


「そっか……うん! アタシも、そう思う‼」

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