第65話 空挺

「ええええええッ⁉」



 輸送機が自分たちを降下させる予定ポイントに到着したため、自動でハッチを開いたらしい。任務ミッションの依頼書では、そのあと自分で飛びおりるよう指示されていたが。


 それはメカに乗っている前提での話。


 重いメカなら機外に放りだされなかったろうが、メカに乗っていなかったアキラは軽すぎ、ハッチ開放時の揺れで浮きあがった体がそのまま開口部をくぐって──


 転落した。


 こんなことになるなら貨物室の残りスペースなど気にしないで機内ですいおうまるを召喚しておけばよかった。そうするべきか悩んでいたところに始まったエメロードカイルの空中戦に見入って忘れてしまっていた。



 ガタガタガタッ



 現実のほうの体が両手に握っている操縦桿スティックと、両足に履いている足踏桿ペダルが激しく振動している。アバターの手足が受けている落下による風圧を触覚フィードバック機能で伝えている。


 全身、機器がふれていない所にまで風を感じるのはVR感覚か。VRゴーグルに映る景色が高解像度なこともあり、頭では仮想現実だと分かっていても心ではそう思えない。



「うわああああ‼」


『カワセミくん‼』


「クライムさん⁉」



 さっきまで同じ輸送機に乗っていたクライムからの通信音声にアキラはハッとなった。顔を巡らせると、そう遠くない位置に彼の乗るSV・アヴァントが手足を広げて落下していた。


 さらにAF・ドナーが2機。


 アントン機とベルタ機だ。


 3機とも、リュックを背負っている。その中には落下傘パラシュートが入っているのをアキラは知っていた。この任務ミッションを受けた傭兵の機体にシステム側から貸与された装備。



すいおうまるを!』


「あ、はい!」



 クライムの声でアキラは冷静さを取りもどし、なすべきことを思いだした。今からでも遅くない。自らのメカに搭乗するために、アキラは背中の鞘からしんけんすいおうまるを抜いた。



翠王丸すいおうまるーッ‼」



 空中で姿勢を取るのに苦労しながらも、なんとか剣の切先を空のほうに向けて、その名を呼ぶ。すると剣は光の粒子に変わってアキラの手から飛びたっていく。


 地上が明るいため星の見えない夜空が、さらに暗くなった。すいおうまるの召喚時に現れる黒雲。


 剣の変じた光がそこへ下から突っこんで大穴をあけ──その向こうから、青い巨大カワセミが降りてくる。



『ピィィィィッ‼』


「早く来てって‼」



 急降下してくる巨大カワセミを、アキラは急かした。召喚にかかる時間は一定なので言っても無駄だと分かってはいるが。


 いつもは地面に立っているアキラの前に降りたってからしんの姿に変身する巨大カワセミだが、今回はアキラと同じ高度まで降りてきて並んで落下しながら変身した。


 全高5メートル弱、青と白のカラーリングで3頭身の人型ロボット、しんすいおうまるに。その頭部ハッチが開いて、アキラを吸いこむ。



『ピィッ!』



 アキラはすいおうまる機内亜空間コクピットへと転移して、そこに浮かぶ玉座状の操縦席へと着席──間に合った!


 スティックとペダルから伝わる風圧が弱まった。同じスカイダイビングでも生身のままとメカの中とでは安心感が段違いだ。



 バッ!



 すいおうまるの背負ったリュックから落下傘パラシュートが開く。さっきまで神剣の姿だったにもかかわらず、降下用に支給されたリュックはちゃんと装備した状態で機神化してくれて助かった。


 パラシュートが自動で開いたのは、決められた開傘高度まで落ちたから。召喚があと少し遅れていたらパラシュートを開いても減速が不足して、着陸時にダメージを受けるところだった。



『よし! やったなカワセミくん!』


「はい! ありがとうございます!」



 クライム機もパラシュートを開いて緩降下を始めていた。アントン機も、ベルタ機も……それだけではない。無数のパラシュートが夜空に咲いている。


 この任務ミッションに参加しているのは自分たちだけではない。


 1機の輸送機から降下する4メートル級メカ4機と、その護衛のために飛行可能メカ2機。そのパイロットたち合計6名で、1チーム。


 同時期に同じ任務ミッションを受諾したPCプレイヤーキャラクターたちが自動で数チームに振りわけられた。またチームによっては、自分たちのところのアントンとベルタのようなNPCノンプレイヤーキャラクターも混じっている。


 総数は分からないが、かなりの規模。


 そして、それは敵軍にも言えること。


 こちらからやや離れた位置に、こちらと同様にパラシュート降下しているメカの一群が見えた。暗いのと機影が小さいのとでよく見えないが、頭上の名前アイコンが赤いのは分かる。


 名前が白ければ味方。

 名前が赤ければ敵方。


 それがこのゲームクロスロード・メカヴァースでの敵味方識別方法。


 自分たちイカロス王国軍に雇われた傭兵部隊にとっての敵、地球連合軍。向こうの降下部隊もPCとNPCからなる傭兵。この任務は同じ依頼が地球連合軍からも出ている。


 NPCはあくまで補充要員なので、つまりこれはPC同士が両陣営に分かれて戦いあう、PCバーサスPC──PvPだ。


 この条件下では通常は不可能になっているPKプレイヤーキル行為が敵PCに対してのみ可能となる。そういう意味では決闘デュエルの集団戦バージョンともいえる。



(それにしても)



 本当に、原作で敵側だったイカロスに味方して主人公側だった地球連合と戦うんだと思うとアキラは複雑な気分だった。


 別にイカロスが嫌いなわけではないが、この地上世界アウターワールドで初めに踏んだ地が地球連合領だったので、地球連合を裏切ったようで、なんだか気まずい。


 自分が 〔東京に行きたい〕 と言ったからこうなったのだが、あの時は東京がイカロス領になっているとは知らなかったのだ。



 バババッ──ドゴォッ‼


「え⁉」



 突然、降下中の味方の1機が撃破された。地上に元からいる敵部隊からの対空攻撃ならまだしも、その弾丸は降下中の敵機から放たれたものだった。


 パラシュートに吊られた不安定な姿勢では狙いが定まらない。だからアキラは着地するまで暇だと思って考えごとをしていられたのだが、敵は構わず撃ってきて、命中させた。


 信じられない射撃の腕前……そして、やられたのは、アキラのチームメンバーのNPC、ベルタとその乗機だった。



「ベルタさん……」


 バババババッ‼


「アントンさん⁉」



 ベルタの相棒、アントンの機体が報復とばかりに敵降下部隊へ射撃を開始した。他の味方機もそれに続き、すると向こうも一斉に撃ちかえしてきて──空中での激しい銃撃戦が始まった。

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