第11話 説法

「ちょっと! アタシの中身はオッサンじゃない……かどうかは個人情報だから言わないけど! そんなの分からないでしょ⁉ なに勝手に決めつけてんのよ‼」



 スカーレットがセイネに噛みつく。


 その剣幕にもセイネはひるまない。



「〔絶対オッサン〕 は言葉の綾よ。現実リアルのアナタはオッサンかもしれないし、オッサンじゃないかもしれない。でもオッサンの可能性がわずかでもあるなら 〔絶対オッサンだ〕 と思ってたほうが事故が防げる、って心構えをアキラに説いてるの」


(あ、なるほど)



 あえて初めに強い言葉を使うことで注意を引いたのか。アキラはセイネ──同じ小学校に通う同級生の男友達、びき 網彦あみひこの気遣いを感じた。



「アナタもよ、スカーレットさん」


「はぁっ⁉」


「仮に、リアルのアナタは女性で、このゲームに出会いを求めているとして、アキラのプレイヤーがこのアバター同様の美少年だと思ったら大間違い! コイツも絶対オッサンよ‼」


「ええっ⁉」


(おい、網彦)



 実際はこの緑髪アキラのアバターは髪と眼の色くらいしか現実の黒髪アキラと違わず、網彦もそれを知っているが、これも嘘というよりスカーレットに説く心構えの話なのだろう。


 しかし網彦セイネは話を分かりやすくするため言っているのだろうが、存在自体をネガティブに扱われた世の中年男性オッサンたちに申しわけなくなり、アキラはセイネに代わって心中でわびた。



「動揺したわね?」


「ハッ……⁉」


「つまりアナタがアキラに期待したリアルの姿は少なくともオッサンではなかった。オフで会ってオッサンと判明したら、アナタはショックを受けるということ!」


「そんな……あ、いやいや! 出会ったばっかで、てかゲーム始めたばっかで、オフ会なんて先のことまで考えてないし‼」


「でしょうね。でもね、こういうことは早めにしっかり意識しておいたほうがいいの。ネトゲ内で恋人や夫婦になったプレイヤー同士が現実でもそうなるなんて幻想なのよ」


「ハンッ!」



 スカーレットが鼻で笑う。



「今時ネトゲで出会って結婚したカップルなんて山ほどいるわ! 価値観が古い、アップデートできてないんじゃないのかしら?」


「はいドーン‼」


「「ッ⁉」」



 スカーレットが反撃で述べた内容にはアキラも共感したので、セイネの意表を突いた擬音攻撃に一緒になってビクッとした。



「他人の成功体験をアテにしない!」


「「……」」


「ネトゲでの出会いを全否定はしないわ。世の中にはアナタの言ったような例も山ほどある。それは素晴らしいこと。でもそれだけを見て、自分もそうなれるだなんて考えるのは大甘よ‼」


「「おおあま」」


「その成功例の陰には、悲惨な失敗例が星の数ほどあるの」


「「ほしのかず」」


「異性だと思ってたら同性だった──て例に限らず。生身で会ってみたら想像と違って失望して、ネット内での関係ごと終わってしまう、とかね」


「「うっ……」」



 いつしかアキラはスカーレットともども正座して、セイネのありがたい説法を聞いていた。その言葉には実感がこもっている。セイネの長いネット活動を通して得られた知見、重みを感じる。


 気づけば、アキラの中でスカーレットと出会ったことによる興奮はすっかり冷めていた。冷や水を浴びたような気分だが──



(それでいいんだ)



 ネトゲにもなにも、そもそも出会いを求めていない。自分には心に決めた人が、まきがいるのだから。彼女は今、遠いアメリカに留学しているけど、心まで離れたりしない。


 しんえいゆうでんアタルの主人公・アタルに憧れて、今このゲームで彼の仮装までしている自分。アタルのヒロインであるフェイ姫そっくりなスカーレット。


 不覚にも運命を感じてしまったが、それでスカーレットに鞍替えしようなどとは夢にも思わない──自分の気持ちについてはそう完結できるが、これは自分だけの問題ではない。



(網彦の言うとおりだ)



 スカーレット同様、アキラも 〔ここで仲良くなり、いずれリアルで会う〕 などと先のことは考えていなかった。


 そして深く考えないまま交流が続いてリアルで会うことになり、もしスカーレットから告白されれば、自分は断る。だがそれはスカーレットから見れば裏切りだ。


 気を持たせておいて、と。


 自分がスカーレットから好かれる前提の想定はひどく自意識過剰で恥ずかしいが、それで 〔ありえない〕 と決めつけて考えずにいると人を傷つけることになりかねない、とセイネは言いたいのだろう。



「結局どうすりゃいいのよ……」


「別に恋人にも夫婦にもなっていいのよ。ただし、その関係はこのゲームの中だけでのこと。リアルでも同じ関係になりたいと思っても、会えば台無しになる可能性が高い。それでもいいと思えるくらいの覚悟がなければ、会わないほうがいい」


「はぁ」


「ボクはここで限定だろうと恋人にも夫婦にもなる気はないよ。中の人が同性かもしれないと思えば、そんな気になれないし」



 アキラはキッパリ宣言した。


 理由は 〔リアルに好きな人がいるから〕 とまで赤裸々に話す気にもならなかったので、それらしいことを言っておいた。


 そして改めて、スカーレットに向きあう。



「スカーレットさん」


「は、はいっ!」


「友達になろう? 君が年の近い異性でも、年の離れた同性でも、リアルで友達になるのは難しい。でも年も性別も分からないここでなら、なれる。それは、きっと素敵なことだと思うんだ」


「……ええ! てか、アタシも初めからそのつもりだったし! それをこの変態ウサ耳女が横からゴチャゴチャと」


「変態⁉」



 セイネはショックを受けたようだった。


 そちらに構わずスカーレットは続ける。



「〔スカーレットさん〕 じゃ長いでしょ? 〔レティ〕 って呼んで。そしてアタシもアナタのこと 〔アキラ〕 って呼んでいい?」


「もちろん! よろしくね、レティ‼」


「こちらこそ! よろしく、アキラ‼」



 これでいい。


 これで蒔絵を裏切る心配も、それを恐れて尻込みする必要もなく、レティと──アタル好き同士として──仲良くなれる。


 本当にレティの中身がオッサンでも構わない。むしろセイネも言うように、そう思っていたほうが余計な気を起こさずに済む。


 一時はどうなるかと思ったが、レティとの出会いを前向きにとらえられる結論にたどりつけて、アキラは胸をなでおろした。

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