第10話 運命

 アタルことみどりかわ あたるに、翠王丸すいおうまる


 己の人生を決めたロボットアニメ 〔しんえいゆうでんアタル〕 の主人公と、その搭乗メカに共通する 〔翠〕 の字。


 それを自分の名前に持っていたアキラことあま あきらは、自らをアタルと重ねあわせずにはいられなかった。


 偶然と言えばそれまで。


 だがそこに縁を感じる。


 自分はアタルとなにか運命的な繋がりがあるのだと考えると、それが勝手な妄想と分かっていても気分がよかった。


 だが、まきは違った。


 同じアニメを見て将来を誓いあった幼馴染の少女は、アタルの登場人物……ヒロインのフェイ姫に、己を重ねたりしなかった。


 それはIQ300の天才児にそういう幼稚な発想はない、ということではなく、アルビノ先天性白皮症のため銀髪紫眼に生まれた自分と赤髪緑眼のフェイはちっとも似ていないからだと、当人が言っていた。


 アキラはそれが、寂しかった。





「見つけたぁ‼」


「「うわっ⁉」」



 突然の少女の声に、アキラとセイネは飛びあがった。


 2人はVRMMO 〔クロスロード・メカヴァース〕 の始まりの町で超人気バニーガールXtuberクロスチューバーであるセイネのファンたちに追っかけられ、逃げていたのだ。


 郊外の森に入って振りきったと安心して泉のほとりで休んでいたのだが、話しこんでいる内に追いつかれたらしい。話し声を追手に聞かれたのかもしれない。



「アキラが大声 出すから!」


「あわわわわ、 ごめーん!」



 初めは落ちこんだセイネを励まそうと始めた話だが、ロボットへの愛を語っている内に熱が入りすぎたから。悔やんでも、もう遅い。



 ガサッ!


「え……?」



 茂みをかきわけ現れたその姿を見て、アキラは時がとまった気がした。フェイ姫が、そこにいたから。アキラにとって理想のヒーローがアタルであるように、理想のヒロインであるフェイが。


 天女のような──つまり肩にかけた羽衣と、昔の中国の女官のような服。加えて胸もとで輝く大きな赤い勾玉まがたまは、フェイの持つ赤の秘石に違いない。腰には神剣しんけんおうまるも帯びている。


 そして、赤い髪。


 アニメで見たイラストでの姿とVRゲームの3DCGでの姿では印象が異なるが、充分に同一のキャラクターだと思えるほど特徴が一致していた。直感的に 〔フェイだ〕 と思えた。



「〔待って〕 って言ったのに、全然とまらないんだもん」



 フェイは一方的に話しはじめ……いや、違う。改めて聞けば、フェイの声ではなかった。フェイ役の声優さんの声を聞き間違えはしない。この声は別人だ。


 この少女がこのゲームにおけるNPCとして用意されたフェイなら、オリジナルキャストの声をサンプリングするはず。公式がキャスト変更などという人道に背く大罪を犯していなければ。


 答えは実にシンプルだった。


 彼女はNPCではなかった。


 このゲームクロスロード・メタヴァース内にいるキャラクターが 〔PCプレイヤーキャラクター〕 か 〔NPCノンプレイヤーキャラクター〕 かは、そのアバターの頭上にあるキャラクター名のアイコンの前にある〇マークで識別できる。


 〇の中にプレイヤーが操作しているPCなら 【PC】 と、運営スタッフゲームマスターが仕事で操作しているなら 【GM】 と、AIが操作しているNPCなら 【AI】 と書かれている。


 フェイそっくりのアバターの頭上には 【PC】 マークがあった。そして、その横のキャラクター名は──



「はじめまして。アタシはスカーレット」



 東洋風な外見にそぐわない、西洋風な名前だった。だが、そういうこともある。ゲーム内では多様な衣装が入手できる、名前のイメージに合った服装しかできないのでは窮屈だ。


 アキラが初期機体に翠王丸すいおうまるを選んだことで、その原作での搭乗者であるアタルの装備、救世主の衣と、青の秘石の勾玉と、神剣しんけん翠王丸すいおうまるを入手したように──


 この子スカーレットはフェイの装備一式を入手しただけの赤髪アバターのプレイヤー。それだけのことだったと分かったはずなのに、アキラは胸の動悸が収まらなかった。



「ねぇ、アナタ──」


「っと、ごめんね!」



 スカーレットの声をセイネがさえぎった。



「今はプライベートで友達と遊んでるところだから! ファンサービスは堪忍してくれる? そっとしておいて、ね♪」


「は? なに言ってんのアンタ」



 セイネの対応は厄介なファンに対するものとしては充分に穏便だったが、スカーレットの反応はファンにしては冷たすぎた。



「誰がファンよ。自意識過剰」


「ガーン⁉」


「アタシが用があるのは、そっち!」


「え、ボク?」



 固まったセイネを放ってスカーレットが自分の前まで来て、その顔を間近に見て、アキラの胸の高鳴りはさらに激しくなった。



「アタルのフルネームは?」


みどりかわ あたる


「フェイ姫の姓名は? それは漢字でどう書く?」


「姓はジュ、名がフェイ。ジュはしゅいろしゅ、フェイはすい


「正解♪」



 スカーレットは満足そうに笑った。



「原作を知らずに翠王丸すいおうまるを入手しただけの人じゃなくて、ちゃんとアタルファンみたいね。よかった~。お仲間を探してたのよ」


「じゃあ、やっぱり君も?」


「ええ、アタル大好き! アタシ、ネトゲは初めてで。仲間を得るために知らない人にいきなり話しかけるのハードル高くて。せめて話の合う人に~って」


「それは、すごく、分かる!」



 アキラもネットゲームは初めて。リア友のセイネがすぐ合流してくれなければ誰にも話しかけられず途方に暮れていただろう。



「じゃあ、町ではボクに?」


「ええ。話しかけようとしたんだけど、そこの人に手を引かれて走りだしちゃうし、変な集団には追っかけられてるし。アタシも苦労したけど、こうして追いついたってワケ」


「お疲れさまです……あ、申しおくれました。ボクは、アキラ」


「はい。頭上に書いてあるから分かってたけどね♪」


「はは、ですよね」


「改めて。アタシとパーティーを組んでくれませんか?」


「はい、喜んで。セイネも、いいよね?」


「ええ、もちろんよ。ただね、アキラ?」



 セイネが横に来て、アキラの肩にぽんと手を置いた。



「この子、中身は絶対オッサンだから」


「ぶっ」「はぁ⁉」


「こんな可愛い子が女の子なはずないじゃない」


「いや、それは」「ちょっと!」



 ネカマの網彦セイネが言うと妙に説得力がある──との言葉を、アキラは飲みこんだ。他人のスカーレットにその秘密は聞かせられない。そのスカーレットの抗議を無視し、セイネは締めた。



「ネトゲに出会いを求めちゃダメよ♪」

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