第12話 翡翠

 VRMMO〔クロスロード・メカヴァース〕 の舞台において、地球の外側にあるのが地上世界アウターワールド、内側にあるのが地下世界インナーワールド──その地下世界インナーワールドの 〔始まりの町〕 近辺の、現在の天気は快晴だった。


 青空に太陽が輝いている。


 地下世界インナーワールドは地球内部の大空洞で、その天井は岩でできている。なのに空が見えるのは、その天井──天蓋てんがいが 〔地上世界アウターワールドから見える空〕 をリアルタイムに映すディスプレイになっているから。


 巨大なプラネタリウム。


 太陽も月も星も、映像。


 ただし地上世界アウターワールドの天気までは映さない。地下世界インナーワールドの気象はあくまで地下世界インナーワールドの大気中に起こる。その大気は、天蓋と大地のあいだにある。


 その地下世界インナーワールドの大地は、地球の中心部に浮かぶ、地球よりもずっと小ぶりな球体。なので地平線や水平線は地上世界アウターワールドの、そして現実の地球のそれらよりも急な弧を描く。


 東京湾に面した東京都 品川区で生まれ育ち水平線を見慣れたアキラには、その違いが分かった。仮想現実とはいえ 〔異世界にいる〕 ことを視覚的にも実感できることにワクワクする。



「凝った設定だよね、ここって」


「そうね、アタシもそう思うわ」



 アキラの言葉にレティスカーレットがうなずく。2人は 〔始まりの町〕の郊外の森で出会ってフレンド登録、パーティーを組んだあと森を抜け、荒野の大草原を1頭立ての馬車に乗って移動していた。


 その馬車の持ち主であり御者台で馬の手綱を引く、もう1名のパーティーメンバー、セイネが後ろにいる2人の話に加わる。



「プランナーがいいのよ」


「「プランナー……?」」


「ゲーム制作陣の、企画の担当者。その仕事は多岐に渡るけど、世界観の構築もその1つ。クロスロードのプランナーは、クロスソードの世界観も手がけてる。そりゃ優秀よ」



〔クロスソード・メタヴァース〕

〔クロスロード・メカヴァース〕



 これら名前の酷似した2つは、どちらもグリッド・エピックス社の開発したウィズリム対応VRMMOであり、世界観こそ共有していないもののゲームシステムは全く同じな兄弟作。


 兄に当たるクロスソードは世界中のVRユーザーの大半に遊ばれている超人気作。その世界観はありふれた中世ヨーロッパ風ファンタジーながら独自性も光り、そのことへの評価も高い。


 一方クロスオーバー・ロボットものである弟のクロスロードは少数派マイノリティであるロボ好きにのみ愛好され、セールス的にはクロスソードの足もとにも及ばないが……


 それはともかく。


 地上世界アウターワールドはSF、地下世界インナーワルドはファンタジーと、2ジャンルを内包するその世界観のファンタジー部分が秀逸なのは、プランナーがクロスソードと同じならば当然──という話は分かるが。



「「クロスソードの話はいい」」


「あらら。クロスソード嫌いは相変わらずね」


「「ロボットに乗らないファンタジーに用はない」」


「なんでそんな長い台詞をハモれるの? こわ……」



 アキラも意外だった。


 ロボ好きゆえのクロスソードへの反感を口にした時、全く同じ台詞が全く同じタイミングで、レティの口からも出たことが。



「「……ぷっ、あはははっ‼」」



 レティのほうも驚いたようで、2人は顔を見合わせると、同時に吹きだし笑いあった。どうやらレティもこの件に関して自分と価値観を同じくしていたらしい。


 ロボットアニメ 〔しんえいゆうでんアタル〕 のファン同士という縁で繋がった仲、やはり気が合うようだ。笑いがとまったあと、2人は自然とその話題に花を咲かせた。



「ねぇ、アキラ」


「なに?」


「アナタのそのアバターの髪と眼の色って、もしかしてすいしょく? 〔りょく〕 って読む普通のみどりじゃなくて、はねの下に卒業のそつって書くほうの 〔みどり〕」


「そう。アタルの、みどりかわ あたるみどりだよ」


「やっぱり♪」



 レティは嬉しそうに手を叩いた。


 そしてこちらに身を寄せてくる。



「でも、アタルはくろかみくろよね? みどりかわなんて名字なんだから髪や眼の色もみどりであるべきだ、な~んて思ったのかしら?」


「とーんでもない!」



 レティの挑戦的な問いに、アキラは不敵に返す。



「そんな決まりないけど、仮にあっても問題ない。だってアタルはちゃんと 〔みどりかみ〕 をしているもの。現代人の色彩感覚だと理解に苦しむけど、昔は艶のある黒髪のことをそう呼んだんだ」


「……お見事! それなら 〔みどり〕 の字を持つ翠王丸すいおうまるのカラーリングが、緑じゃなくて青な理由も分かるわよね?」


「今では青系は 〔せい〕〔そう〕、緑系は 〔りょく〕〔すい〕 などの字で表すけど、昔はそのどれもが今でいう青系と緑系の両方を指して使える言葉だった」


「今でも青信号が緑色なのはその名残ね」


「そう。だから翠王丸すいおうまるは、ちゃんとその名のとおりのカラーリングをしている。公式設定資料集にも載ってる有名な話じゃない」


「こっちは簡単すぎたわね」


「全然ついてけないわ……」



 前からセイネのげんなりした声がした。



「じゃあ今度はこっちから。レティ、君の 〔スカーレット〕 って名前、英語で 〔いろ〕 のことだよね? 炎のような鮮やかな赤。それはフェイ姫から取ったの?」


「あら。フェイの髪の色を公式は 〔あか〕 としか言ってないわよ? 姓の 〔ジュ〕 もしゅいろだし、同じ赤系でも緋色ではないわ。どうしてそう思ったのかしら?」


「フェイの漢字、非常のの下にはねと書く 〔〕 の元の意味は 〔赤いカワセミ〕 だ。そして緋色の 〔〕 にも非常のが含まれることから、フェイが示す赤は緋色のそれと同じと考えられる」


「そのとおり!」


「やっぱりだ!」


「赤いカワミは、冒頭でフェイが化けていた赤い小鳥そのものよね。その巨大化バージョンがおうまるの機神になる前の鳥の姿」


「そして 〔すい〕 の字のほうの意味は 〔青いカワセミ〕 で、その巨大化バージョンが翠王丸すいおうまるの機神になる前の姿」


「そしてそして 〔〕 と 〔すい〕を続けて書いて 〔翡翠カワセミ〕 と読む。でも 〔すい〕 と読めば、それはカワセミを意味することもあるけど普通は……?」


「宝石のジェイドのこと」


「そう! そして、こっちの意味のすいもアタルには登場している。それが?」


「フェイの持つ赤の秘石と、アタルの持つ青の秘石。2人と同じ服装をしてるボクたちの胸にもある、この勾玉まがたま


「そういうこと♪」



 2人の話は放っておけばまだまだ尽きることがなかったが、外的要因によって中断させられた。前方から、セイネの鋭い声が飛んだ。



「2人とも、敵襲‼」

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