第115話 過疎

「えええええ⁉」



 あまりの衝撃にアキラは椅子から──VR空間内のアバターではなく現実世界にいる生身のほうが、座っている椅子から転げおちそうになった。


 突如セイネから告げられた、このゲーム──VRMMORPG 〔クロスロード・メカヴァース〕 のサービス終了の危機。


 それはアキラにとって、空中格闘研究会の集会の成否や、空中騎馬戦同好会との決闘の勝敗などとは比較にならない大問題だった。


 不謹慎ではあるが……


 極論、それらは失敗しようが敗北しようが、どうということはない。悔しいし悲しいだろうが……それでも、人生設計を狂わされることはない。



 だがクロスロードが終われば、そうなる。



 アキラは自身の最も大切な目標、幼いころまきに誓った 〔ロボットのパイロットになる〕 という夢を叶えるため、その操縦訓練としてこのゲームをしているのだから。


 クロスロードができなくなれば即、夢への道を閉ざされるわけではない。しかし大きく後退することにはなる。その遅れがのちのちどれほど尾を引くか想像もつかない。



(冗談じゃない‼)



 そのことを抜きにしても、クロスロードは今やアキラの生活の大半を占める居場所だ。この場にいるフレンドたち、そしてこの場にはいないレティスカーレットとの思い出が詰まった場所。


 失いたくない。


 ミーシャがもたらした波紋について、アキラはこれまでも真面目に考えているつもりだったが、今にして思えば 〔のほほん〕 としていた。まるで危機感が足りていなかった。


 ようやく目が覚めた。


 アキラはそのように一瞬で意識が切りかわったが、周りの反応はいくらか鈍かった。セイネの言葉にザワついてはいたが──



「さ、さすがに飛躍しすぎじゃねぇか?」



 オルオルジフがそんなことを言い、他の面々もそれを否定しない。確かにそう思うのも無理ないかもしれない。話がいきなり大きくなった感はある。


 アキラは 〔網彦セイネがそう言うなら〕 との全幅の信頼から無条件で納得したのだが、みんなには説明が必要らしい。


 それをセイネが始める。



「確かに飛躍しています。ですが多くのタイトルが長続きしないのがネトゲの常、楽観もできません。多少、大げさなくらいに危機感をいだいておくくらいが、ちょうどいいと考えています」


「まぁな……」



 質問したオルが相槌を打った。



「それに根拠もなく勘だけで言っているわけじゃないんです」


「根拠?」


「プレイヤーの総数と、そのプレイヤー間の交流の密度。人々の賑わいぶり、そのゲームの体力とも言えます。それが多いゲームは少々のプレイヤーの流出では倒れませんが、少ないゲームには致命傷になります」


「ここは……まぁ、少ねぇわな」


「はい。オルさん、そしてアルさんも、わたし同様にここ以外のもう1つのウィズリム対応VRMMORPG 〔クロスソード・メカヴァース〕 をプレイされて、その差を感じていますよね」


「ああ」「そうでござるな……」


「そんなに違うもんなの?」



 アキラはそう聞いてみた。


 アキラは人間大のアバターで遊ぶ王道ファンタジーゲームであるクロスソードを 〔ロボットの操縦装置そっくりなウィズリムを使ってロボットではないアバターを動かすのが気にいらない〕 という理由で嫌ってきた。


 セイネもそれをよく知っている。


 だから自分の前でクロスソードの話はしづらいだろう。だが、その自分から話を振ればセイネも話しやすくなるだろう、というアキラの配慮だった。


 それにアキラも、アルやオルとの交流でクロスロードへの反感は薄れている。もう 〔話も聞きたくない〕 とまで嫌ってはいない。セイネが気楽に話せることのほうが大事だ。


 その意図が伝わったのか、セイネの声がやや明るくなった。



「総人口が桁違いなのは知ってるわよね?」


「まぁね」


「でもそれだけじゃないの。交流密度の低さもヤバいのよ。このクロスロードはプレイヤー同士が交流しにくい、一緒に遊びづらい構造になってるから」


「……そうなの?」



 アキラはそんなふうに思ったことはなかった。だが、それはVRMMO以前にネットゲーム自体このクロスロードが初めてで、比較対象がないせいだろう。


 比較できるセイネにはなにが見えているのか。



「広すぎるのよ、フィールドが。現実の地球と同サイズの地球、その表面の地上世界アウターワールドに、内部の地下世界インナーワールド。あと宇宙空間も。クロスロードの舞台なんて現実基準じゃせいぜい島レベルなのに」


「島⁉」


「設定上は大陸だけどね。そこにクロスロードより膨大な数のプレイヤーが詰めこまれてるけど、別に狭いなんて感じない。対してクロスロードはただでさえ少ないプレイヤーを広大な舞台に分散させてしまうから、どこの拠点でも人口が少ないの」


「あっ」



 そう言われると思い当たる節があった。ゲーム開始地点である 〔始まりの町〕 では大勢のPCプレイヤーキャラクターを見かけたがが、他の拠点に移ってみると、その密度はぐっと減った。



「それと」


「まだあるの⁉」


「人間大のアバターしか使わないクロスソードにはない、搭乗メカのサイズ差問題よ。サイズの違うメカ同士は連携が取りづらくて、それに乗る者同士は一緒に遊びづらい──わたしたち自身、それで苦労してるわよね」


「そ、それか‼」


「こうした要素が重なって、わたしたちみたいなプレイヤー同士のグループが形成されにくいのよ。また、活動拠点がバラけるせいでグループ間の交流も起こりにくい」


「そうだったんだ……」



 リアルでもネットでも人づきあいに消極的で、このゲームでも自分からフレンドを増やそうとしたことのないアキラは全く気づいていなかった。


 ここまでフレンドが増えたのは、みな相手側からの働きかけによるものだ。もし自分から増やそうとしていたら、大変な苦労を強いられたのだろう。


 良縁のありがたみが身に染みる。



「だから今度のことが起こる前からこのゲームは過疎ってて、いつサービス終了するかヒヤヒヤしてたのよ。それをなんとかしたいって気持ちもあって空中格闘研究会を作ったのだけど」


「初耳だよ⁉」


「話が長くなりすぎるから省いてたの。空中格闘のノウハウを探求・共有するために、それまで交流のなかった各プレイヤー、各グループを研究会で1つに繋げる。それで生まれる交流がゲーム全体の賑わいにも繋がって、一石二鳥ってね」

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