第116話 陰謀
セイネはあの時からすでに、このゲームそのものの存続まで視野に入れて動いていたのか。アキラは改めてIQ150の親友に敬服したが、そのセイネは苦々しい声を出した。
「でも、それが裏目に出たわ」
「えっ?」
「わたしたちが研究会に集めた 〔空中格闘を学びたい層〕 と、ほぼ同時期に発足した同好会に集まった 〔空中騎馬戦を学びたい層〕 を合わせると、つまり今回の騒動の当事者はこのゲームのプレイヤーの大半を占めるほどになるの」
「そんなに……⁉」
「そしてこの騒動は、どちらにも属さないプレイヤーたちからも注目されている。彼らまで含めると、もうほぼ全体よ。この騒動は公式のどのイベントよりも全プレイヤーに影響をおよぼす事態になってしまったの」
ゴクッ──
「だから騒動の行方によっては、そこで受けたストレスが原因でこのゲームを辞めるプレイヤーが、運営がサービスを続けられなくなるほど出てしまう。あくまで、わたしの予想ですが」
セイネは最後、この場の全員を見渡して言った。
初めに疑問を口にした
「よーく分かったぜ。こう説明されちゃ、もうオレも嬢ちゃんの考えすぎとは思えねーよ」
「そうでござるな。拙者も気を引きしめるでござる……!」
「ぼくも」
「わたしも」
「自分も」
「空気 読んであたしもっ!」
「それで、どうすればいい?」
「決闘──だけでなく、この研究会と同好会の対立そのものを、当事者にも見ている人にも不愉快でない 〔楽しいイベント〕 にして、円満に終わらせる。そうすればプレイヤーの離脱を防ぎ、逆にゲーム全体を盛りあげられるわ」
「
「そうね。きっと、今度の件で辞める人をゼロにはできないわ。できるのは少しでもゼロに近づけること。そのためにわたしは、どのタイプの人も取りこぼすつもりはないの」
「タイプ?」
「研究会と同好会の双方にいる、相手を否定していて決闘で自分たちの正しさを証明しようとしてる人たちにも納得してもらいたいって言ったでしょ、わたし」
「うん。ぶっちゃけ、この争いの元凶だよね。そんな人たち相手に優しいなって思った」
「わたし、そんな優しくないわよ。彼らのことも尊重するのは、軽んじて気分を害されて、大勢に辞められたりしたら困るから。でも尊重するのは彼らだけじゃない、逆のタイプの人たちもよ」
「逆?」
「空中格闘戦と空中騎馬戦の優劣とか、両者の決闘の勝敗とか、そんなことよりプレイヤー同士がいがみあってる、このギスギスした空気がイヤって人たち」
「あ~、そっか……研究会と同好会の中にも、外から見てる人にも、そういう人はいっぱいいるよね」
それを言うなら、アキラだってイヤだった。
だが将来のためにも、このゲームへの愛着からも、それで辞めるという選択肢はアキラにはない。だから考えもしなかったが、このストレスは人によっては辞める理由になりえるのだ。
その人たちを責めることはできない。
責めて引きとめられるはずもない。
「そういう人たちの離脱はもう始まってると思う。ただ、今すぐ辞めるって人はさすがに多くないと思うから、残ってくれている内にこれ以上ストレスをかけて辞める決断をさせないようにしないと。そして欲を言えば受けたストレスが帳消しになるくらい楽しんでもらって、このゲームに居ついてもらうの」
「……そうか。同好会との対立と決闘を、ギスギスした組織間抗争じゃなくて、スポーツ的なお祭り騒ぎと受けとってもらえるように演出するんだね」
「そういうことよ♪」
そこで、クライムが口を開いた。
「その人たちは、それでいいとして。逆タイプの──抗争の当事者たちの両方を納得させるというのは、どうするんだい? 勝ったほうはよくても、負けたほうはいい気はしないものだ」
「そんなの簡単よ」
セイネが答えるより早く、サラが口を挟んだ。
「熱~いバトルを演じた者同士には友情が生まれるもの! 甲府城でのあたしとクラっちのようにね! つまり、双方の不満を変に抑えこまず徹底的にやりあわせれば、あとは勝手に仲直り♪ みんな仲良し幸せハッピー☆」
サラの発言でアキラも想像できた。
夕暮れの河川敷で殴りあった者同士が友情を結ぶといったテンプレ展開のことだ。サラとクライムの交流がそこから始まったのも事実だが、言われたクライムのほうは否定的だった。
「そんな、まさか──」
「いえ、そのとおりです」
「正気かい⁉」
セイネの答えにクライムが珍しく大声を上げた。
正気を疑われたセイネは「ただし」と続ける。
「ただ闘って自然とそういう展開になる可能性は、なくはないですが低いです。アテにできません。だから確実にそうなるよう、根回しをします」
「根回し? 誰に……まさか」
「はい。ミーシャさんにです」
¶
「ミーシャさん⁉」
「「えぇっ⁉」」
「ふむ」「マジか!」
「なんと」「う~ん」
セイネの上げた名に、アキラたちはザワめいた。
空中格闘研究会に挑発的な動画を送りつけ、決闘を申しこんできた空中騎馬戦同好会の代表、金髪縦ロールお嬢様ミーシャ。
彼女は同好会側の 〔相手を否定し、決闘で自らの正しさを証明したい人〕 の筆頭ではないのか。そんな人をこちらの計画の協力者に招きいれる──なんと大胆な。しかし。
アキラは浮かんだ疑問を口にしてみた。
「でも、彼女と話して分かりあえるなら、もう決闘自体する必要なくない?」
「そうでもないわ。さっきサラさんも仰ったように、みんなに不満を吐きださせることも必要なのよ」
「そっか。ガス抜きか……」
「そ。その上で両者が健闘を称えあうって結末に誘導するには、同好会側に意図的にそういうムード作りをしてくれるサクラが、わたしたちの共犯者が必要なの。その役に最も適任なのは同好会で最も影響力の強い、代表のミーシャさんなのよ」
「つまり研究会と同好会のトップ同士は裏で先に和解しておいて、他の会員同士を和解させるのは決闘での感動演出で──ってこと?」
「そういうこと♡」
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