第117話 営業

「というわけで、この話をミーシャさんに持ちかけます。研究会と同好会、双方の他の会員に知られてはいけないから秘密裏に。そこで──クライムさん、サラさん。わたしがミーシャさんと話す場を設けるための、仲介をお願いできますでしょうか」



 空中格闘研究会・代表、セイネと。


 空中騎馬戦同好会・代表、ミーシャの。


 トップ同士の、密会。


 そのアポイントを取るため、クライムとサラサラリィに仲介を頼むのはアキラにも理解できた。


 現状、同好会は研究会と敵対しているため、代表のセイネに限らず研究会の人間が真正面から突撃しても聞きいれられない恐れがある。


 だが、この場に集まった8人の中でクライムとサラだけは研究会ではなく同好会に所属している。ミーシャにとって身内。2人から働きかけるほうが研究会員がするよりスムーズにいく可能性は高い。


 と、いうことだろう。多分。


 今、セイネがやろうとしていることは政治劇めいていて、さすがIQ150の網彦セイネのすることだと感心する一方、並以下の小学4年生であるアキラには難しすぎ、ついていくのが大変だった。


 一方、そんなアキラからは出なかった疑問が他のメンバーからは上がった。セイネから要請された2人の内、クライムからだ。



「構わないが、少し聞いてもいいかな?」


「はい、もちろんです」


「ミーシャくんと密談するなら、君が彼女のアカウントに直接メッセージを送ればいいように思うのだが。それだと、なにかまずいのかい?」


(あっ)



 クライムの言うことももっともだった。


 自分で気づかなかったのが恥ずかしい。


 このゲーム内でプレイヤーのアカウント同士でやりとりするメールでも、SNSでのDMダイレクトメッセージでも、他の人に知られずに話す手段は普通にある。


 なぜそうしないのか。


 セイネの答えは──



「まずいわけではなくて、そうしたくてもできないんです。わたし、このゲームのアカウントでも、どのSNSでも、あらゆる連絡手段で、彼女からブロックされていまして」


「そ、そうなのか」


「なんと。不仲説はまことでござったか」



 先ほど、そんな話をしていたアルアルフレートが反応した。セイネ自身は知らなかったのか、意外そうに聞きかえす。



「不仲説、ですか?」


「巷の噂でござる。拙者はそこから深読みし、セイネ殿とミーシャ殿が 〔不仲営業〕 しているのではと勘ぐっておった」



〔不仲営業〕



 セイネとミーシャがやっているXtuberクロスチューバーを含むエンターテイナーたちに見られる行動で、表向きはわざと不仲に振るまい、そのやりとり自体を売りにすること。


 アキラには 〔仲悪いところを見てなにが楽しいんだろう〕 としか思えないが、そういう需要があることは理解していた。


 なければ営業にならない。



「あの動画による決闘の申しこみもミーシャ殿とセイネ殿が共謀した狂言で、あの時のセイネ殿のリアクションも演技かと疑っておった……申しわけない!」


(ああ)



 さっきアルが言っていた 〔見当違いのことを考えていた〕 とは、そういうことだったのかとアキラは理解した。


 頭を下げたアルに、セイネがひらひらと手を振る。



「どうかお気になさらず。むしろ聞けてよかった──それ、いただきです。ミーシャさんと話がついたら、今度のことは最初から不仲営業だったってことにしましょう!」


「寛大なお言葉、痛みいるでござる……!」


「いやー、にしてもあの時のわたし、やっぱワザとらしすぎましたかね。実際、演技だったんですよ。ビックリしてたのは本当なんですが、素のリアクションだと唖然とするだけで、それだと研究会員のみなさんの手前、締まらないと思ったもので」



⦅いったいなんなのよ、んもォーッ‼⦆



 ミーシャからの動画が送られてきた時、セイネは返事をしない動画の中のミーシャに対して色々と声をかけていた。その全てをアキラは正確には思いだせなかったが、最後はそんなことを言っていた。


 確かにオーバーリアクションか。


 だが当時は全く気づかなかった。


 あんな状況でも 〔みなが求めるセイネ像〕 を演じて、あの場にいた人たちに提供していたとは。網彦のエンターテイナー精神にアキラは驚き、改めて尊敬した。


 そのセイネと、アルが話を続ける。



「しかし総ブロックとはまた極端な。そこまで嫌われているとなると、まず関係を改善せねば共謀どころではないでござろう。勝算はおありか」


「ありません。でも、やるしかないので」


「な、ないのでござるか……!」


「なんで嫌われているのか分からないんです。不仲といっても、わたしはミーシャさんといがみあったことはありません。仕事で少しお話したことがあるだけで、その時もお互い、終始 和やかだったんですが……ある日、気づいたらブロックされていて」


「それは……心中お察しするでござる」


「ありがとうございます。ただ、わたしに非がないと主張するつもりはありません。知らない内にわたしが彼女の地雷を踏んでいた可能性は充分ありえます」


「確かにそうかもしれぬが、あまり自分が悪いとばかり考えるのも良くないでござるよ?」


「あはは、それなら大丈夫です。今までちっとも気にしてませんでした。ネットではよくあることですから。ただ、こうなった以上ミーシャさんとは仲を修復しないとですし、そのためなら内心で自分に非がないと思うことでも相手の主張に合わせて頭を下げますよ、いくらでも!」


「なんと見上げた心意気、応援するでござる! ──と、横から割りこんでしまって失礼した、クライム殿とサラ殿への話の途中でござったな。拙者もう引っこんでおるゆえ!」


「はいっ! ──それでは改めて、クライムさん、サラさん。おふたりからミーシャさんにわたしと内密に話すようお願いしていただけますでしょうか。彼女の説得に必要なようでしたら、計画の内容はお話しいただいても構いませんので」


「わかった。任せてくれ」


「OKっ☆ スパイごっこみたいでドキドキするね!」



 2人とも快諾した。


 これで、この話は終わり。


 そういうムードが流れたが──


 それに逆らい、アキラは声を上げた。



「ちょっと待って」


「アキラ? なに?」



 聞きかえしたセイネの顔を真っすぐ見すえ──



「ボクも、ミーシャさんと話したい。クライムさんとサラさんが説得しに行くのに、ボクもついていっちゃダメかな」

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