第118話 意志

「アキラ……」



 セイネの返事は、そこで途切れた。どう答えようか悩んでいるのだろうか。IQが高い分、頭の回転も速い網彦セイネには珍しい。


 セイネが黙っている内に、オルオルジフが声を上げた。



「オイオイ、今の話を聞いてなかったのか? 研究会員が行ったら反発されるだろうから、同好会員の2人に仲介してもらおうってんだ。オメーは研究会員だろーが」


「なら、ボクも同好会に入ります」


「──って、研究会を抜けてか?」


「そんなつもりないですが……。クライムさん、サラさん、空中騎馬戦同好会の会則に 〔空中格闘研究会とのかけもちは不可〕 ってありますか?」


「いや、ないな」


「そもそも、あんま細かい決まりとかなかったと思うよ~」


「なら、入れるはずです。そもそも空中格闘戦と空中騎馬戦に、〔片方をやるならもう片方はできない〕 なんて決まりはない。両方やっていい。それを学ぶ研究会と同好会にも、望むなら両方に所属できるのはプレイヤーの当然の権利だと思います」


「まぁな」



 同意しながらも、オルの声は渋い。



「だが明文化された規則でなくても、集団の心理から生まれて事実上の規則として働く不文律ってヤツがある。研究会と同好会が険悪になって、みんな 〔どっちか〕 って意識になってる今 〔どっちも〕 って言ったら、どっちからも反感を買うぞ」



 その言葉を、誰も否定しない。


 表立ってアキラに反対しているのはオルだけだが、他の面々も内心ではオル寄りなムードをアキラは感じた。だからオルと話すのに、全員に語りかけるつもりでする。



「分かってます。そして、それこそがイヤなんです」


「ん?」


「本当は両方やったって責められる筋合いないのに、この対立のせいで責められるから、やりづらい環境になってる。こんなの理不尽です」


「それは……そうだが」


ぎんせつりゅうと戦った時は、みんな空亀に乗って空中騎馬戦しましたよね。ボクはそのあと乗機が自力飛行できるようになったから、それから自力飛行を、そして空中格闘戦を練習するようになりましたけど。それで 〔空中騎馬戦はもう二度としない〕 なんてつもりはなかったんです」


「そりゃ、オレも研究会に入る時に空中騎馬戦を捨てる気なんてなかったけどよ」


「拙者もでござる」


「ぼくも」「わたしも」



 オルもアルアルフレートも、カイルエメロードも、以前は空中騎馬戦も普通にしていたのが今は空中格闘研究会に所属している全員が、そこは同意してくれた。


 あと一息。



「ですよね。この 〔どちらかしか選べない状況〕 を窮屈に思ってる人は、研究会にも同好会にもいるはずです。でも、この空気の中では声を上げにくい。そのことをミーシャさんに訴えて 〔こんな争いはやめてください〕 って言いたいんです」


「アキラの考えは分かったわ」



 それまで黙っていたセイネが口を開いた。



「でも、それもわたしがお願いすればいいことじゃない? さっきオルさんが仰られたとおり、研究会の所属だったアキラが同好会に行けば、研究会を抜けてからだろうとイジメられるわよ。事情を知らない研究会員からも裏切者とそしられる」


「それくらいどうってことないよ。このゲームがサービス終了するかどうかの瀬戸際に、それがイヤだからって指をくわえて見ているほうがイヤだ」


「人の悪意はそんな生易しいモンじゃない」



 そう言った口調は、セイネのものではなかった。


 そこだけ、網彦プレイヤーの地が出ていたのかもしれない。



「あなたがこれまで、それを知らずにきたとは言わない。でも、今回のことは目立ちすぎる。ヘイトを買う時は、あまりに多くの人から同時に買ってしまう。その悪意の集中砲火は、きっとあなたの知るものとは異次元の破壊力よ。そんなものに、あなたをさらしたくないの」


「そう言われると怖いけど。なおさら引っこみつかないな」


「アキラ……」


「イヤなんだ。研究会の発足からこっち、セイネに頼りっぱなしでさ。研究会のことだけなら、それも適材適所と思えたけど。クロスロードのサービス存続に関わるとなったら話は別だ」


「……」


「ボクの夢のためにも、この上なく大事なことなのに、それをセイネや他のみなさんに任せっきりして、なにもしようとしない。そんな自分でいたくないんだ」


「はぁ~っ……」



 セイネは長く息を吐いた。



「いいでしょう! クライムさんとサラさんに同行して、ミーシャさんにあなたの想いもぶつけてきてちょうだい‼」


「セイネ……ありがとう!」


「ただし! 1つだけ約束して」


「う、うん」


「ミーシャさんと話すあなたの肩には、このゲームの命運がかかってる。あなただけじゃなく全プレイヤーがこのゲームを続けられるかが、あなたの言動で決まる。その責任を、気にしないで」


「分かっ──うん?」



 聞き間違いかと思い、アキラは聞きかえした。



気にしないで﹅﹅﹅﹅﹅﹅?」


「そうよ。あなたとミーシャさんの話がマズい感じに終わって、それからこのゲームがサービス終了しちゃったとしても、決して自分のせいだなんて思わないで」


「いや、それはボクのせいなんじゃ」


「まさか! ネトゲが終わるのは色んな要因が重なった結果。あなたの言動がその一因にあったとしても全体からすれば微々たる割合よ。逆にミーシャさんとの話は上手くいっても終了する可能性だってあるんだから」


「は、はぁ」


「ま! ようは気負いすぎるなってことよ。ダメな時はなにやったってダメ! それを自分1人のせいだなんて考えるのは誰であってもおこがましいの。だから気にしな~い気にしない‼」


「はは……ありがとう、セイネ」



 アキラは、悪い結果になった場合に自分があまり気に病まないよう、セイネがこう言ってくれたのだと感じた。


 もしそう﹅﹅なった時、本当に気にせずにいられるとは思えない。だが今セイネにこう言ってもらえるのは心強く、嬉しかった。





 その日は、それで解散となった。


 そして翌日の日曜日。


 アキラが朝食を取って歯を磨いてからクロスロードにログインした時には、もうクライムとサラがミーシャと会う約束を取りつけていた。


 まずは2人が他人に見られない場所でミーシャにセイネと会ってくれるよう頼むのだが、その場にアキラも同席させてもらうことになった。


 ミーシャと会うために同好会に入る必要がなくなり、アキラは肩透かしを食ったものの、ホッとした。

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