第119話 対面
アキラはゲーム内でクライムと
その道すがら──
「すみません、おふたりにだけ働かせてしまって。おかげで気の重たいイベントを回避できました。ありがとうございます」
「カワセミくんらしいな。詫びねばならないのはこちらだ。君の了承を得ずに予定を立て、事後承諾になってしまった。申しわけない」
「初めは、次に同好会員がゲーム内で集まる機会に少年に同好会に入ってもらってみんなに紹介してから、その場でミーちゃんに 〔内緒の話が~〕 って耳打ちする予定だったんだけど。それまでなんもしないのもアレなんで、内緒話の打診だけでも早めにしとこうって、あたしからメールしたんだ」
「ミーシャくんも忙しい人だから、予定が合うのは同好会の次の集まりより先だろうと思っていたのだが、予想外に話が早く進んでな。もうこれから会うことになってしまった。慌ただしくてすまない」
「いえいえ、全然 大丈夫です!
「そう言ってもらえると助かる」
「ありがと~、少年♪」
空中格闘研究会の一員であるアキラが、敵対している空中騎馬戦同好会の代表であるミーシャに会う。和平交渉のために。
そのためにはアキラ自身もまた同好会に入り、さらにはそのために研究会を一時的にせよ抜けなくてはならない。
そうすれば敵地から来たアキラのことを同好会員たちは歓迎しないだろうし、事情を知らない研究会員からも反感を買う。
などと。
昨日、とことん悪い想定をして 〔それでも〕 と悲壮な決意をしていたアキラには、寝て起きたらそれら一切がキャンセルされていたのは拍子抜けだった。
が、なにも迫害されたかったわけではない。そんなもの、ないほうが良いに決まっている。余計に精神を消耗することなくミーシャとの対話に専念できることになったので、クライムとサラには感謝しかなかった。
そして3人がやってきたミーシャとの待ちあわせ場所。それは昨日、空中格闘研究会の第1回集会が行われた演習場と同じ大江戸城2階にある、
「あの車だ」
クライムが指差した先には黒塗りの、普通の乗用車のようなデザインながら車体だけやけに長い──リムジン、のスカイカー版が停まっていた。
普通なら車輪のある所が、円筒形の中にプロペラを収めたダクテッドファンになっている以外、普通のリムジンと変わらない印象だ。
3人がそばに寄ると後部座席のドアが開き、中から声がした。
「お入りくださいな」
ハキハキとした女性の声。それは昨日、研究会に送りつけられた動画でアキラが聞いたミーシャの声と同じだった。
「失礼する」
「ど~も~☆」
「お邪魔します……!」
同好会員としてミーシャとはすでに交流のあるクライム、サラが先に乗りこみ、最後に今回が初対面となるアキラが入ってドアを閉めた。
車内の運転席とは仕切られた後部空間は窓に全てカーテンが引かれ、薄暗った。これなら外からは中の様子が見えない、これから密会をするためだろう。
前・右・後の壁際に一繋がりのソファーが置かれており、左の壁際に飲物の瓶とグラスが並んだバーカウンターがある。
(雰囲気あるなぁ)
アキラは気圧された。リムジン自体が高級車だが、内装も上品なバーといった風情。その主に相応しい威厳が、最後部のソファーに座るミーシャからも漂っていた。
もみあげを螺旋に巻いた豪奢な金髪。
大きくつぶらな瞳は空色をしている。
胸もとのあいた、濃い青色のドレス。
アキラは彼女がふんぞりかえったり脚を組んだりしているかと予想していたが、実際は脚を揃えてきれいに座り、両手も揃えて膝の上に置いていた。
「どうぞ、お座りになって」
口調も穏やかだ。昨日の動画で見た尊大で攻撃的な雰囲気が、今は全く感じられなかった。それが同好会の身内であるクライムとサラがいるからなのか、逆に外部からの客である自分の前だからなのかは、アキラには分からなかったが。
3人は入ってきた順番のまま奥に進んで右側面のソファーに座り、ミーシャとはクライムが最もミーシャに近くアキラが最も遠いという位置関係で、斜めに向かいあう形になった。
「車を出してくださいな」
『かしこまりました』
こちらとは仕切られている前方の運転席から返事が聞こえた。外から見た時はそこに誰もいなかったので、自動運転機能のAIだろう。
この車内には自分たちとミーシャ以外、誰もいないことになる。この車はミーシャが用意したもので、内密の話がしたいというクライムとサラの意向を汲んでくれたのだという。
「もう少々お待ちくださいね」
ブォン……
ミーシャの言葉と同時に駆動音がして、わずかに車体が揺れた感覚がした。後部座席からは仕切りごしにわずかに見えるフロントガラスからしか外が見えないので分かりづらいが、浮上したのだろう。
スカイリムジンが駐車場内を移動して、大江戸城2階の側面にあいた出口から外に飛びだす。
そこには高さ3500メートルの大江戸城ほどではないものの、現実の東京のビル群と比べれば実に10倍の高さがある、1000メートル台から2000メートル台の超々高層ビル群がそびえたつ、この仮想世界内に築かれた架空の未来の東京の街が広がっていた。
フロントガラス越しでは、あまり景色は楽しめないが。
『どちらへ参りましょう』
「都心のビル群の中を、適当に周回していてください」
『かしこまりました』
「──さて、お待たせしました。まずはお飲物をご用意いたしますね。なにかご希望は?」
「では、ジンジャーエールを」
「あたし日本酒をお冷で~♪」
「あなたは?」
「えっ⁉ あの、ではミルクを……!」
聞きとどけたミーシャが、車内左側のカウンターテーブルから手早くグラスに注文された飲物を注ぎ、3人にそれぞれ手渡してくれた。
他に人がいないので当然かもしれないが、いかにも自分では動かない偉い人というオーラをまとう彼女が手ずからもてなしてくれたことで、アキラは彼女への心象がだいぶ良くなった。
ミーシャは4つめのグラスに琥珀色の液体を注ぐと、それを手に最後尾の席に戻り──
「では、お話を始めるとしましょう」
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