第120話 玉砕

「ミーシャくん、初めに礼を言わせてくれ。我々の急な頼みを聞きいれてくれて感謝する。ありがとう」


「それも内緒話なんて怪しい頼みを。ありがとう、ミーちゃん」


「ふふっ、どういたしまして。クライムさんとサラリィさんは我が同好会の重鎮ですもの。おふたりからの大事な話とあれば当然ですわ」



 クライム、サラサラリィ


 ミーシャとの対話を始めるに当たって、まずは彼女と面識のある2人が場を温めてくれた。それが済むと、ミーシャの視線が新顔であるアキラに向けられた。



「それで、そちらのかたが?」


「ああ、紹介しよう。アキラくんだ」



 クライムとサラはこの場を設ける際、同席させたいフレンドがいるとしかミーシャに伝えておらず、アキラについて詳しいことは知らせていないとのことだった。


 ミーシャが代表の空中騎馬戦同好会とは敵対している空中格闘研究会の一員であり、その代表のセイネとも親しいといったことは、折を見て自分から話そう──そう心の準備をしつつ、アキラはお辞儀した。



「アキラです。初めまして」


「──では、ありませんわよね?」


「えっ」


「以前もこの東京の空でお会いしましたでしょう? あの時はわたくしの運転する車をあなたの乗る車にニアミスさせてしまって……大変、失礼いたしました」


「覚えていてくださったんですか!」



 今、自分たちが乗っている空飛ぶ車スカイカーのリムジンが飛んでいる、このゲームクロスロード・メカヴァースの舞台である仮想世界に築かれた、想像上の未来の東京の、超々高層ビル群の谷間。


 アキラが初めてここに来た時、大江戸城までスカイカーのタクシーで向かっていたところ、衝突寸前まで接近してきた自家用スカイカー。それを運転していたのがミーシャだった。


 アキラが覚えていたのは彼女が金髪縦ロールという典型的なお嬢様の髪型をしていたため記憶に残りやすかったからで、相手もまた自分を覚えていようとは夢にも思わなかった。



「やっぱり、あの時のかたでしたのね」


「はい。あの時は驚きました」


「そうでしょう。わたくしほどの美少女とあのように衝撃的な出会いをしては運命を感じてしまうのも無理ありません」


「……はい?」


「それでわたくしに一目惚れして、ご友人の伝手ツテを頼って会いにこられたのですね。その熱い想いを伝えるために‼」


「全然 違いますけど⁉」



 確かに昨日セイネから 〔ミーシャさんにあなたの想いもぶつけてきて〕 と言われているが、それは今ミーシャが考えているような想いではない。


 アキラは実際に会ってみたミーシャが動画で見た時より物腰が柔らかかったので、彼女から感じていたステレオタイプなお嬢様にありがちな負のイメージは和らいでいたのだが。それはそれとしてお嬢様らしい自意識過剰さは持ちあわせていたらしい。



「照れなくてもよろしいのよ」


「照れてません」


「羞恥心から想いとは裏腹のことを口にしてしまう、それはひとさがなれど、無益なこと。乗りこえねばならぬのです。さぁ、ここまで来た勇気を今一度 振りしぼって‼」


「いいこと言ってると思いますけど違います‼」


「「……!」」



 横で黙って聞いているサラとクライムのアバターが少し揺れていた。中の人プレイヤーはマイクを外して大笑いしていて、その震えがウィズリムを通じてアバターに反映されているのかもしれない。


 このままでは本題に入れない。


 アキラは腹をくくった。



「……あの!」


「はい。どうぞ?」


「ボク、リアルできながいますので! ネットの中だけだとしても他の誰かとそういう関係になる気はありません! ごめんなさい‼」



 言うだけ言って、頭を下げる。


 方便ではなく、本心だ。


 自分には誰よりも大切な相手、まきがいる。


 いるのに、この世界でレティスカーレットに出会って惹かれて、その想いに蓋をしたまま会えなくなって後悔はしたが。それでなおさら、もうネット内での恋愛事はこりごりだった。


 アキラがそっと頭を上げると。


 ミーシャのアバターが震えていた。



「ふ、振られた……? この、わたくしが。告白してもいない相手に! こ、こんな屈辱、生まれて初めてですわ……!」


「ちょっと~、少年~。頼みごとしに来てるんだから、怒らせちゃダメじゃない」


「すっ、すみま──いやでも、これ以上ボクにどうしろと⁉」



 アキラはさすがに反論した。


 サラの指摘ももっともで、ミーシャの機嫌を損ねれば彼女との交渉は失敗に終わり、引いてはこのゲームのサービス終了に繋がりかねない。


 それを回避するために来ているのだ。


 さっきは衝動的に答えてしまったが、あくまで目的のために最良の手段を選ぶなら、相手の好みそうな返答をするべきだったのかもしれない。


 ただ、時間をさっきのシーンまで巻きもどせたとしても、アキラは自分にそんな器用な芸当ができるとは思えなかった。


 もう、無理にでも話を進めるしかない。



「そういうわけで、交際の申しこみに来たのではありません。ボクがミーシャさんにお願いしたいのは別のことでして」


「もうあたなとは口を利きません! フン!」


「そんなぁ⁉」



 話を進めるのは無理だった。アキラはミーシャにそっぽを向かれて、対話を完全に拒否されてしまった。


 このゲームのサービス終了の危機を前にして 〔自分だって力になりたい〕 と仲間たちに無理を言って大変な覚悟をしてここまで来たのに、結果は交渉を始める前から失敗だった。


 アキラは燃えつきて灰になった。


 隣に座るサラに頭を撫でられる。



「大丈夫、これで終わったわけじゃないよ。あとは、あたしとクラっちが話すからさ」


「ありがとう、ございます……」


「ミーシャくん、自分らの話は聞いてくれるだろうか」


「ええ、もちろんですわ。そうですわね、わたくしにご友人を紹介するのでないなら、本日はどのようなご用件でしたの?」


「実は──」

「それがね」



 ミーシャは2人にはあっさり応じ、普通に話が始まった。


 そこで2人はアキラが言う予定だったことも代弁してくれて、研究会と同好会がいがみあっているせいで空中格闘戦も空中騎馬戦も両方やりたい者たちが難儀していると訴えた。


 また研究会の代表であるセイネがこの現状を憂い、同好会との争いを丸く収めるため、ミーシャと秘密裏に会談したいと希望していることを伝えた。


 ミーシャの返答は簡潔だった。



「承知しました。セイネさんと会いましょう」

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