第114話 対立

「そうだったの⁉ え、でも動画でミーシャさんに責められた時、セイネは否定してなかったっけ?」


「あの時は 〔誤解です〕 って言ったのよ。相手の主張の全部を否定したわけじゃないわ。研究会の一部の人が空中騎馬戦を、それを追求してる同好会の人たちを侮辱したのは事実。でも、それが研究会全体の主張、方針だと思われてるのは誤解だってこと」


「そういうことだったんだ…………ん? じゃあ、あの時すでにセイネはそういうトラブルが起きてるって知ってたの?」


「まあね。研究会の主催者だもの。ネット上に文字で残された空中格闘についての会話にはなるべく目を通すようにはしてるわ」


「さ、さすが」



 アキラはそんなことになっているとは全く知らなかった。これでも研究会の活動として空中格闘について意見交換する正式なスレッドには目を通していたのだが。


 セイネはそこ以外の場で交わされた会話まで調べて、もっとずっと広い範囲を認識していたということだ。自分には真似できない。IQ150の網彦セイネだから成せること、だとしても大変な労力だろうに。


 改めて頭が下がる想いだった。



「それで同好会の人と揉めてるのを見かけて、調べたらウチの会員にも落ち度があるって分かって対応を考えてたとこなんだけど……今日きょう、先方があんな大胆な行動をしてくるなんて予想できなかったから。後手に回ったわ」


「セイネ……」



 セイネの声色は、悔しそうだった。



「〔空中格闘と空中騎馬戦の優劣を論じるのは我々の活動目的に沿わない〕 って研究会の公式見解として出す前に、ミーシャさんにああ言われちゃったから。彼女の唱える対立構造が既成事実として浸透しだしてる」


「えっと?」


「空中格闘戦と空中騎馬戦は相容れない。一方を学ぶ者はそれが正解と考え、もう一方を学ぶ者を否定する……あくまで一部の意見だったはずのその認識を、本来そうとは考えてなかった人たちにまで 〔そうなんだ〕 と思わせられちゃったってこと」


「……それ、ボクもだ」



 アキラは気づいた。セイネの言う 〔認識を変えられた人〕 に自分もバッチリ当てはまっていたことに。


 今は研究会に所属して空中格闘戦を探求しているアキラだが、それは自力飛行能力を備えた愛機、翠天丸すいてんまるを乗りこなすためだ。


 愛機が翠天丸すいてんまるに進化する前の、飛行能力のない翠王丸すいおうまるに乗っていた時は空亀で他力飛行をして戦った。それを 〔空中騎馬戦〕 と呼ぶとはミーシャの出現まで知らなかったが、あれはあれで楽しかった。否定する気などサラサラない。


 なのに。


 ミーシャの研究会への敵意に満ちたあの動画を見せられ、あの場にいた研究会員たちのあいだで反感が高まる中、アキラも同好会を──ひいては彼らの学ぶ空中騎馬戦をも無自覚に 〔敵〕 と認識してしまっていた。


 同好会の中にクライムとサラの姿を見つけて 〔自分たちの敵になったのか〕 と思ってしまったことが、その証拠だ。



「恥ずかしい……!」


「そんなに落ちこまないで、アキラ。誰だってその場の雰囲気に流されることはあるよ。ぼくもセイネさんに言われるまで気づかなかったけど、そういう意識になっちゃってたから」


「お父さん……」


「そうね。あの時のミーシャさんがいくら感じ悪かったからって、空中騎馬戦やその同好会の人たちまで嫌うことはないんだけど、そういう切り分けって難しいものよ。〔ぼう にくけりゃ袈裟けさまでにくい〕 ってね。今、気づけたんだからいいじゃない」


「お母さん……うん、ありがとう」



 自己嫌悪していると、カイルエメロードが心配して慰めてくれた。


 他の仲間たちも──



「カイル殿も申されたとおり、自分だけ惑わされたと劣等感を覚える必要はないでござるよ。真実は容易にたどりつけぬもの。かくいう拙者も全く見当違いのことを考えてござった」


「オレなんかあの金髪縦ロール嬢ちゃんがセイネ嬢ちゃんに嫉妬してあんなことしたんだろって決めつけてたしな! 人間、生きてりゃそんな思いこみばっかだ、イチイチ気にすんな」


「アルさん、オルさん……はい。ありがとうございます」


「雰囲気に呑まれていたのは自分も同じだ。君たちが立ちあげた研究会のメンバーと自分の入った同好会のメンバーが揉めているのを知って板挟みになった気がしてな」


「クライムさん」


「自分にやましいことなどないのだから堂々と君たちに話しておけばよかったのに、先ほどセイネさんから連絡をもらいじかに聞かれるまで決心がつかなかったんだ。笑ってくれ」


「そんな。クライムさんでも、そんなことあるんですね。ボクだけじゃないって、気が楽になりました。ありがとうございます」


「いやー、あたしは 〔なんか揉めてんなー〕 とは思ってたけど気にしてなかったわ! それより 〔空中格闘と空中騎馬戦の異種格闘技戦だ! ワーイ!〕 ってのんきにワクワクしてました!」


「さ、サラさん……」


「あぁっ、呆れないで⁉ あたしくらいのユルい認識の奴もいっぱいいるって! だから少年もそんな深刻に考えることないよ」


「は、はい……って、あれ? サラさんはもう決闘する気でいるみたいですけど、まだ申しこまれただけで。ウチは 〔受ける〕 って返事してないですよね?」


「えーっ、そうなの?」



 不安そうなサラに、セイネが答えた。



「ええ。でもまぁ、心配 要りませんよ。受けますから」


「わ~い♪」


「それでいいの? よくよく考えたら、受ける義務なくない?」



 アキラが問うと、セイネは疲れた声で答えた。



「さっき、このゲーム内の掲示板をのぞいたんだけど。サラさんみたく純粋に試合が楽しみって人や、相手への敵意を燃やしてる人、立場はそれぞれだけど、いずれにせよ決闘に関しては 〔やる気になってる〕 人がかなりいてね。その人たちをガッカリさせられないわ」


「その気持ちは分かるけど……仕方なくない? このまま闘うんじゃ、結局ミーシャさんの言った対立構造のままじゃんか」


「それについては研究会の公式見解ではないって今からでも声明 を出すけど。ただ、わたしは互いを否定していがみあってる人たちにも納得してもらった上で、この争いを収めたいのよ。そうしないと──」


「しないと?」


「嫌になってこのゲーム自体から出ていく人がたくさん出て、過疎って運営が厳しくなって。最悪、サービスが終了するわ」

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