第8話 演者
「VRで見ると一段とすごい格好だね、あみ──」
「ノー! ここではキャラ名で呼びあうのがマナーよ♪ それとも、アナタの個人情報も漏らされたいのかしら?」
「ご、ごめん。気をつけるよ……セイネ」
「よろしい♡」
アキラは失言を謝罪した。
使用している 〔セイネ〕 という女性的な名前のアバターにバニーガールの格好をさせ、声を普段より高くして女声に、口調も女の子らしく話している……同級生の男友達。
現代人としては比較的インターネットに疎いアキラとは対照的に、網彦はネットに精通しているしネットゲームの経験も長い。ウィズリムとクロスロードも元から持っていた。
それでネットゲームは初めてのアキラのつきそいを買ってでてくれて、ゲーム内で待ちあわせをしていたのだ。
その件で小言が飛んでくる。
「アタルの格好してるから、もしやと思って声かけて正解だったわね。もう、チュートリアルが終わったら教えたアドレスに連絡してって言ったでしょ?」
「ごめん。この世界に見とれて忘れてた」
「もう~」
セイネはアバターの外見からは中身がアキラ──
アバターの頭上にアイコンで表示されているキャラクター名が 【アキラ】 だったから、もあったはず。
それを言えばプレイヤーの名も 〔あきら〕 なのだと、会話を耳にした第三者に悟られてしまう。だから言わなかったのだろう。ネット上での配慮に慣れている。アキラは頼もしく感じた。
「おい、あれ 〔セイネ〕 じゃね?」
「
周囲から他のプレイヤーの声。アキラはドキッとした。
セイネも──VRゴーグルにプレイヤーの表情をスキャンしてアバターに反映する機能はないのでその表情は変わらないが、息を飲んだような気配がした。
そう、セイネは有名人だ。
〔
このXR関連コンテンツ全般で幅広く活動する動画配信者が 〔
その正体が小学4年生の男子・
「お前、声かけて確かめてこいよ」
「アホ、そんなん自分でやりぃや」
「マズイわね。アキラ、こっち!」
「えっ」
セイネが突然アキラの手を引いて走りだし、アキラもつられて走りだす──そのことが、どうやら騒ぎに火をつけた。
「あっ、逃げたぞ!」
「てことは本物か⁉」
「一緒にいるのは誰だよ‼」
「追えぇーっ‼」
「待って‼」
手を繋いで街中を走るセイネとアキラのあとを、なにやらとんでもない数のアバターが追いかけてくる。アキラは気が気ではなかったが……
セイネは高らかに笑いだした。
「あははははっ! すごいわね、このシチュエーション! お忍びでデート中にファンに見つかったアイドルみたいっ♪」
「そうだね……」
むしろ本当にそうであったほうが救いがあるのでは。あの人たちは自分の推しが男子小学生だと知ったらどう思うのやら。
だが美少女クロスチューバーの正体が男なんて話は珍しくないと聞くので、推している人たちはもう、そんな葛藤は超越した次元にいるのか?
門外漢のアキラには分からなかった。
分かっているのは、網彦の肉体は男性。そして性自任も男性。興味の対象は女性。LGBTQ+要素は皆無。ネット上で美少女になりきることを愛好するだけの 〔ネカマ〕 だということ。
そう聞いている。
アキラは話を聞かされた当初、網彦がLGBTQ+なのかと思って非常に気を遣ったのだが、説明されてそうではないと分かって脱力したものだった。
¶
「どうやら撒いたみたいね」
「なんでボクがこんな目に」
ふたりは始まりの町から出て郊外の森に駆けこみ、木々を障害物にすることで視線をさえぎり、セイネのファンたちからの追跡を振りきった。
そこで泉らしき水場を見つけ、ほとりで一休み。生身ならへたりこんでいるところだが、プレイヤーたちの現実の体は椅子に座っている。疲れてもそのアバターが姿勢を崩すことはない。
「ごめんなさい、巻きこんで」
「え?」
「軽率だったわ。いつもは誰かと一緒の場合、それはコラボ相手でファンには事前に告知してるから。みんなが知らない人といたことで刺激しちゃったみたい。そこまで考えが回らなかった」
「いやいや待ってよ!」
さっき笑っていた
アキラは恨みごとを言ったのを後悔した。
「あんなの追っかけるほうが悪いんだよ! それを 〔予想できるべきだった〕 なんて意識高すぎ! 責任感じることないって!」
「……怒ってない?」
「ないよ。セイネにはホント、感謝してるんだから」
「そう……?」
「そうだよ! SVの練習になるし、好きなロボ作品の世界に入りこめるし、こんな神ゲーの存在に気づかないままだったらと思うとゾッとする。教えてくれたセイネは恩人だよ」
「もう、おおげさ」
セイネが笑い、アキラはほっとした。
「そっか~。そう言ってもらえると教えた甲斐があったわ。チュートリアルでアタルのロボット、上手く動かせた?」
(えっと……)
アキラは右スティックの頭にあるスイッチでジェスチャーを入力した。アバターの緑髪アキラの右手がグッと親指を立てる。
「いや、全然!」
「ぷっ……なんでそれで嬉しそうなの?」
アバターの手足を己の手足も同然に操るウィズリムにおいて、要求される技能とは利用者の生身での運動能力だった。
アキラがこれまで磨いてきたロボットゲームや小型ロボット競技の操縦方法は、それが磨かれるようなものではなかった。そしてそれらに専念していたせいでアキラは運動が苦手だった。
これまでの努力が無駄になるという懸念は完璧に当たったが、それでも今アキラの心は浮きたっていた。
「ウィズリムでの操縦が楽しかったから」
「そんなに?」
「うん! 初めて 〔ロボットに乗ってる〕〔操縦してる〕 って実感できた。これを練習するほどロボットのパイロットに近づいていくって思える。こんなに嬉しいことはないよ‼」
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